第410回 岡島秀樹さん②

ゲストは先週に引き続き、野球解説者の岡島秀樹さん。

https://ameblo.jp/okajima-37/

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岡島さんは、1993年にドラフト3位で、投手として巨人軍に入団。
その後、メジャーリーグ、ボストン・レッドソックスなど、日米6球団で活躍!
2015年に現役引退され、現在は野球解説者として活動されていらっしゃいます。

ご出身は、京都。
活発な末っ子だった岡島さんは、小学校2年生の時に

2つ上のお兄さまと一緒に野球を始めました。

岡島「字とゴルフは右なんですけど、他は左手なので、投げるのも左です。
   子供の時から、ずっとあの投げ方(ノールック投法)でしね。

   小学校の時は投げるたびに帽子が下に落ちていたので、

   頭めちゃくちゃに振ってたんじゃないですかね?

   でも、結果がよかったので、直されませんでした。」

高校は、京都・東山高校に進学され、野球部に所属。
進学のきっかけは、近くの女子校に通っていた姉からの”東山高校はモテる”という言葉!
その言葉を信じ、進学を決意。

実際に甲子園に2度の出場で、モテていた、とのこと!

卒業後1993年、ドラフト3位で巨人軍に入団。
2000年の日本シリーズでは巨人が優勝し、岡島さんは、胴上げ投手でした!

岡島「家族は阪神ファンだったんですけど、長嶋監督なら良いんじゃないか、と

   言ってくれたので、指名されたので行きました。

   今でも、2000年の日本シリーズ最後の1球は覚えています。
   あの場に立てば、1対1なので、緊張はしないんですよ。
   僕はメンタル強い方で、失敗したら次成功すればいい、

   っていう開き直りが身についているので。」


岡島さんは、巨人、日本ハムと日本プロ野球に在籍後、FA権を行使し
2007年に、メジャーリーグのボストン・レッドソックスに移籍されました。
メジャーを意識したのは、2006年のトレードでした。

岡島「外国人監督というのが初めての経験でしたし、新庄さんの存在もあって。

   彼らがいなかったら、僕はアメリカ行ってないですね。
   特に、新庄さんは『岡島、お前の投げ方はアメリカで通用するから行けよ』って。
   ロッカールームのテレビでは、メジャーの試合が流れていて…
   『お前がメジャーで投げてる姿見たいから行ってこいよ!』ってずっと言ってくれてました。
   でも、メジャーの第1球でホームラン打たれて、やばいところにきた、と思いました(笑)」

しかし、その第1球の失敗があったからこそ、
バッターの研究をしっかり行うようになり、道が開けていった、とのこと。

アメリカに渡り、移動の多さ、時差の対策など、

日本では経験しなかったことだらけで、生活は一変。
なかなか慣れることが無いまま、試合に挑むことも多かったそう。

岡島「6時間フライトでも、1、2時間寝られたらいいですよね。

   ゲーム終わりなんて興奮しているし、目は瞑るけど…みんな寝てないです。

   本当、スポーツ選手は、タフじゃないとできないですよね。」

現在は、野球解説者としても活躍される岡島さん。
今後は、スカウト関係の仕事もしてみたい、とのこと。


最後に、岡島さんの『元気の源』伺いました。

岡島「僕は、スポーツジムで汗をかいたり、お風呂に浸かる事ですかね。

   ちょっと動いて汗かくと、気持ちがいいし、

   その後お風呂で考え事したりする1人の時間が良いなぁ、と思います。
   時差ボケにも、汗をかくのが効果的なんですよ!
   アメリカにいた時は、身体を疲れさせて、その場所の夜になったら寝る。

   朝は、眠たくても、日光を浴びて体を起こす。
   そういうふうにしていました。」


2週にわたり、岡島さんにお話伺いました。
ありがとうございました。



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