村上RADIO

村上RADIO

記事コンテンツ

村上春樹 クラリネットの古いレコードをかけ、「曲の最後の方でプチプチっとスクラッチが入りますが、勘弁してください」

作家・村上春樹さんがディスクジョッキーをつとめるTOKYO FMのラジオ番組「村上RADIO」(毎月最終日曜 19:00~19:55)。11月26日(日)の放送は「村上RADIO~秋の夜長はジャズ・クラリネットで~」をオンエア。村上DJが所有しているアナログ・レコードをメインに、スイング時代から現代まで、優れたクラリネット演奏の楽曲をかけていきました。
この記事では、中盤2曲と「収録中のつぶやき」を紹介します。



◆Buddy De Franco「Softly As In A Morning Sunrise」
バディ・デフランコは、スイング時代のクラリネット演奏と、戦後のモダン奏者たちの橋渡しのような役割を果たした人です。もしこの人がいなかったら、ジャズ・クラリネットの世界はもっと日の差さないものになっていたかもしれません。彼はグッドマンやアーティ・ショウに強い影響を受けていますが、まだ無名だったソニー・クラークやケニー・ドリューといったモダン派の若手ミュージシャンを積極的にサイドメンとして採用し、時流におもねるところのない独自のサウンドを展開しました。
「Softly As In A Morning Sunrise(朝日の中にいるように心優しく)」を聴いてください。バックの印象的なギターはバーニー・ケッセル、1957年の録音です。

◆Edmond Hall「Petite Fleur」
エドモンド・ホールは1901年の生まれ、ジャズ・クラリネット界の重鎮と言えばいいのか、中間派の代表的な奏者として一時代を築いた人です。彼の演奏する「Petite Fleur(小さな花)」を聴いてください。
何度聴いても、うっとりしてしまう美しい演奏です。カルテットの演奏で、ピアノはエリス・ラーキンズ。曲の最後の方でプチプチっと二度ばかりスクラッチが入りますが、勘弁してください。なにしろ古いレコードなので。

<収録中のつぶやき> 
(スクラッチが)入ったでしょ、3個入ったね。




ジャズ・クラリネットとは関係ない歴史の話になっちゃうのですが、ちょっと耳を傾けてみてください。
1964年にトンキン湾事件というのがありました。ヴェトナムでの戦争がくすぶりかけていた時代のことですが、北ヴェトナムのトンキン湾で、アメリカの駆逐艦に対して北ヴェトナムの魚雷艇が攻撃を加えたという報告がありました。この報告は事実関係が未確認だったんですが、当時のアメリカの大統領リンドン・B・ジョンソンは報復として、即座に北ヴェトナム空爆の命令を出しました。アメリカの世論もメディアも、この行動にこぞって積極的な支持を与えました。
そしてその流れに乗って、議会の承認がなくても軍事力を自由に行使できる権利を大統領に与えるという危険きわまりない法案を、議会はわずか9時間の討議の末に通してしまいました。上院では88対2、下院では416対0というまさに圧倒的な賛成票が集まりました。反対票を投じたのは両院を通してたった2人だけでした。この法案は「トンキン湾決議」と呼ばれ、ヴェトナム戦争がエスカレートしていく決定的な要因となります。その結果、多くのアメリカの若者が遠くの戦場に送られ、命を落としました。

この法案に「これは憲法に違反する」という理由で反対した2人の議員は、「反愛国的である」として世論の袋だたきにあい、その結果、次の選挙でどちらも落とされてしまいます。でも、のちになって、このトンキン湾事件なるものが間違いだらけの杜撰(ずさん)な報告であったことが判明します。
反対票を投じた2人のうちの1人、オレゴン州選出のウェイン・モース上院議員は次のように語っています。

「歴史は、わたしたちが憲法を覆し、台無しにするというとんでもない間違いを犯したことをしっかり記録するはずだ。私はそう確信している」

モースさんは亡くなりましたが、今では名誉を挽回し、多くの人に尊敬され、その発言は大事に引用されています。とくに2003年にイラク戦争が勃発したときには、再び脚光を浴びました。これも「大量破壊兵器」というフェイク情報によって引き起こされた戦争でしたね。残念ながら歴史は繰り返されます。
どれだけ世間の風圧が強くても、どれほど自分たちが少数派であっても、正しいと信じることは決して曲げない、それが自分に不利益をもたらすかもしれないとしても、しっかり声を上げる、空気なんて読まない、忖度もしない……そういう人たちの存在が、たとえ少数ではあっても、僕らの社会には必要なんですよね。
最近のジャニーズ問題の報道とか見ていて、勇気を出して声をあげることの大事さをあらためて痛感させられました。長い話になってすみませんけど。

----------------------------------------------------
11月26日放送分より(radiko.jpのタイムフリー)
聴取期限 2023年12月4日(月) AM 4:59 まで
※放送エリア外の方は、プレミアム会員の登録でご利用いただけます。

----------------------------------------------------

<番組概要>
番組名:村上RADIO ~秋の夜長はジャズ・クラリネットで~
放送日時:11月26日(日)19:00~19:55
パーソナリティ:村上春樹
番組Webサイト:https://www.tfm.co.jp/murakamiradio/

コンテンツ一覧

MURAKAMI JAM 第2弾を記念して、村上春樹さんからコメントが到着 音声

MURAKAMI JAM 第2弾を記念して、村上春樹さんからコメントが到着

【後編】村上RADIO 年越しスペシャル〜牛坂21〜 24時台 ゲスト  山極壽一さん 音声

【後編】村上RADIO 年越しスペシャル〜牛坂21〜 24時台 ゲスト 山極壽一さん

【前編】村上RADIO 年越しスペシャル〜牛坂21〜 23時台 ゲスト 山中伸弥 さん 音声

【前編】村上RADIO 年越しスペシャル〜牛坂21〜 23時台 ゲスト 山中伸弥 さん

村上RADIOステイホームスペシャル「あなたがいま語りたいこと」「村上春樹さんと考えたいこと」 音声

村上RADIOステイホームスペシャル「あなたがいま語りたいこと」「村上春樹さんと考えたいこと」

村上春樹「彼の並べる言葉には、間違いなく本物の説得力がある」ボブ・ディランの歌詞を語る 記事

村上春樹「彼の並べる言葉には、間違いなく本物の説得力がある」ボブ・ディランの歌詞を語る

村上春樹「ディランが歌うと、歌詞のすべてがまるで何かの比喩のように聞こえます」ボブ・ディランの音楽世界に触れる 記事

村上春樹「ディランが歌うと、歌詞のすべてがまるで何かの比喩のように聞こえます」ボブ・ディランの音楽世界に触れる

村上春樹「ボブ・ディランとビートルズのいちばん大きな違いは…」リスナーに届ける“歌詞”に言及  記事

村上春樹「ボブ・ディランとビートルズのいちばん大きな違いは…」リスナーに届ける“歌詞”に言及 

村上春樹 ボブ・ディランの映画を観たあとに「『そうだ。ディラン、そろそろでやらなくては』と思い…」自身のラジオ番組『村上RADIO』ソングブック・シリーズでボブ・ディランを特集 記事

村上春樹 ボブ・ディランの映画を観たあとに「『そうだ。ディラン、そろそろでやらなくては』と思い…」自身のラジオ番組『村上RADIO』ソングブック・シリーズでボブ・ディランを特集

村上春樹「調子の良い浮気な男にはくれぐれも気をつけましょうね。そういう人、けっこうたくさんいますから」 記事

村上春樹「調子の良い浮気な男にはくれぐれも気をつけましょうね。そういう人、けっこうたくさんいますから」

村上春樹「この曲の楽譜を買ってきてピアノの練習したんだ。一所懸命に練習したんだけど…」デイヴ・ブルーベックの曲を語る 記事

村上春樹「この曲の楽譜を買ってきてピアノの練習したんだ。一所懸命に練習したんだけど…」デイヴ・ブルーベックの曲を語る

村上春樹「ジャズでワルツと言えば…」ビル・エヴァンスで思い浮かべる名曲とは? 記事

村上春樹「ジャズでワルツと言えば…」ビル・エヴァンスで思い浮かべる名曲とは?

村上春樹「突然ワルツのことが気になってきて…」自身のラジオ番組『村上RADIO』に絶妙の選曲でワルツ特集! 記事

村上春樹「突然ワルツのことが気になってきて…」自身のラジオ番組『村上RADIO』に絶妙の選曲でワルツ特集!

村上春樹「カフェには入りますが、ハイボールを昼間から飲むのも、やさぐれた感じでナイスです」 記事

村上春樹「カフェには入りますが、ハイボールを昼間から飲むのも、やさぐれた感じでナイスです」