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村上春樹 新人賞授賞式のあと、作家・吉行淳之介と「文壇バー」に行った時のことを語る「あとにも先にも行ったのはその1回だけ」

作家・村上春樹さんがディスクジョッキーをつとめるTOKYO FMのラジオ番組「村上RADIO」(毎月最終日曜 19:00~19:55)。11月24日(日)の放送は「村上RADIO~村上の世間話5~」をオンエア。好評の「村上の世間話」シリーズは、村上さんが何気ない日常の中で体験したエピソードを、村上DJが選曲したグッドミュージックとともにお届け。
この記事では、村上さんがデビュー作『風の歌を聴け』で群像新人文学賞を受賞した当時のエピソードを語ったパートを紹介します。



◆Ryuichi Sakamoto「The Last Emperor」
音楽を聴いてください。坂本龍一の演奏する「ラスト・エンペラー」のテーマ。

<世間話④>
僕が『風の歌を聴け』で「群像」の新人賞をとったときの選考委員というのが、なかなかすごい顔ぶれでした。吉行淳之介、丸谷才一、島尾敏雄、佐多稲子、佐々木基一……若い人にはあまり親しみがないかもしれませんが、当時の文壇の錚々(そうそう)たるメンバーです。その5人が全員一致、一発で僕の作品を選んでくれたので、それがちょっとした話題になりました。僕は業界の事情に疎(うと)かったもので、それがそんなに大したことだとは知らなかったのですが、選考会で審査員の意見が一発で一致するというのはかなり珍しいことなんですね。だいたいがもめます。
授賞式のパーティーでいろんな方が僕に話しかけてきて、たくさん挨拶みたいなことをしました。誰と何を話したかよく覚えていませんが、作家の高橋三千綱さんが来られて、「いや、全員一致なんてほんとにすごいよねえ」と声をかけてくれたことを覚えています。僕も「ありがとうございます」とか素直に差し障りなく受け答えしていればよかったんでしょうが、生来、性格が真っ直ぐじゃないというか、「でも、全員一致のものは信用するな、とも言いますから」みたいなことを言っちゃったんです。そうしたら三千綱さんはなんだか困った顔をして、「うーん、まあ、きみ、何もそこまで言わなくても…」と言ってそのままどこかに行ってしまいました。そのことは今でもよく覚えています。つい減らず口をたたいてしまうというのは、僕の昔からの欠点ですね。

◆Alexis Cole With One For All「Golden Earrings」
アレクシス・コールが歌います。「ゴールデン・イヤリングス」、バックのバンドは「ワン・フォー・オール」です。

<世間話⑤>
新人賞の授賞式のあとで、銀座のクラブに行きました。いわゆる文壇バーです。「姫」だったか「眉」だったか覚えてないですけど、いずれにせよ名の知れた一流クラブです。僕としてはべつにそんなところに行きたくはなかったんだけど、吉行さんに「君もいらっしゃい」と言われたので「はい」と言ってついていきました。
店に入るときれいな女の人は、みんな吉行さんのところにわあっと行っちゃうんです。当然ながら僕は末席で、そばにつく女の子も新入りの学生アルバイトみたいなレベルです。吉行さんって、本当にもてるんです。どうしてかはわからないけど、きっと何か女の人を引きつける特別な色気みたいなのがあるんでしょうね。それに話もうまいし、振る舞いも垢抜けています。
僕の席についた女の子は案の定、新入りのアルバイトで、家は千葉にあって「これから仕事を終えて家に帰ったら、お母さんが魚を焼いて待っているんだ」みたいなずいぶん地味な話をしました。なんでそんな話になったのかなあ?
とにかくそれが僕にとって唯一の「文壇バー」体験です。あとにも先にも、そんなところに行ったのはその1回だけ。吉行さんに誘ってもらったおかげで、社会勉強みたいなのにはなりましたけど、そんなに楽しいところでもなかったな。ほんと、文壇というのはよくわからないです。

◆Sheryl Crow「Alarm Clock」
シェリル・クロウが歌います。「アラーム・クロック」、目覚まし時計なんて大嫌い。

<世間話⑥>
鰻屋の話に戻るんですが、吉行淳之介さんの短編に鰻屋の出てくるいささか気味の悪い話があります。ずっと昔に読んだきりでこまかい筋はうろ覚えです。もし間違っていたらすみません。でも、だいたいのところは合っていると思います。題名は『出口』。2人の男が(これは出版社に缶詰になっている作家と編集者という設定だと思うのですが)、とある遠くの街まで車に乗って鰻を食べに行く話です。

その町においしいと評判の鰻屋さんが一軒あるのですが、ここは出前専門でして、店の入り口は常にぴたりと閉ざされています。中に人のいる気配もありません。おまけに注文しても、肝(きも)を出してくれません。肝焼きも肝吸いもきっぱり「ありません」と断られる。どうして肝を出さないのか、そこが文字通りこの話の肝になります。ここではその事情を明かすことがはばかられるので、よかったら作品を読んでみてください。数ある吉行作品の中でとくに名高いものではありませんが、いかにも吉行さんらしい「ぬめり感」の漂う、ちょっと不思議な小品(しょうひん)になっています。

◆DJ Tunez「Life During Wartime」
DJチューンズが歌います。「Life During Wartime 戦時中の生活」、トーキング・ヘッズの曲ですね。

<世間話⑦>
もう1人の選考委員だった丸谷才一さんは2012年10月に亡くなっています。僕はちょうどそのとき外国にいて、葬儀には出られなかったので、しばらくしてからお宅に弔問(ちょうもん)にあがりました。そこで息子さんとお話をしていたら、「実は父には遺稿(いこう)があるのですが、それはちょっと世間には出せない性格のものなんです」と言われました。
どういうことか事情を聞いてみると、それは僕がノーベル文学賞をとったときに、新聞に載せるために書いたお祝いの原稿なんだそうです。新聞社に頼まれて、前もって用意されていたんですね。でも僕はもちろんそんな賞はとらなかったから、それは机の引き出しに入れたままになっていた。
それを聞いて、申し訳ないことをしたなと思いました。べつに僕に責任はないんですけど、結果的に発表するあてのない原稿を遺稿として書かせてしまったわけですから。でも、自分が30年以上前に新人賞に推した作家のことを、こうして最後まで温かく見守ってくださっていたのだなと、深く感謝しました。

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11月24日(日)放送分より(radiko.jpのタイムフリー)
聴取期限 12月2日(月)AM 4:59 まで
※放送エリア外の方は、プレミアム会員の登録でご利用いただけます。

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<番組概要>
番組名:村上RADIO~村上の世間話5~
放送日時:2024年11月24日(日)19:00~19:55
パーソナリティ:村上春樹
番組Webサイト:https://www.tfm.co.jp/murakamiradio/

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