作家・村上春樹さんがディスクジョッキーをつとめるTOKYO FMのラジオ番組「村上RADIO」(毎月最終日曜 19:00~19:55)。1月26日(日)の放送は「村上RADIO~村上の世間話6~」をオンエア。好評の「村上の世間話」シリーズは、村上さんが何気ない日常の中で体験したエピソードを、村上DJが選曲したグッドミュージックとともにお届け。この記事では、先日、お風呂に入っているときに“気付いたこと”や、童謡「七つの子」について語ったパートを紹介します。
このあいだお風呂に入っているときに、「そうだ、今日は耳たぶをちゃんと洗わなくちゃ」と思い立ちました。僕はお風呂に入って身体を洗っても、なぜか耳たぶを洗うことをよく忘れちゃうんです。だから思いついたときに、わりに念入りにゴシゴシと石けんで洗います。それで湯船につかって、ツルツルに洗い終えた耳たぶを指で撫でていて、そこでふと気がついたんだけど、僕の耳たぶって、左右で大きさがはっきり違うんです。左がたっぷりしていて、大柄で肉付きもよく、右はコンパクトで硬めです。僕はもうこの世に生を受けて七十数年になるのですが、そんなことを今になって初めて発見しました。うーん、なんか不思議なものですね。自分の顔なんて毎日、洗面所の鏡でいやというほど眺めているはずなのに、左右の耳たぶの大きさにこんなに差があることに、これまでまったく気づかなかった。
僕はイヤリングもつけないし、ピアスもつけないので、耳たぶの大きさが左右で違っていても、現実的にはとくに何の支障もないわけですが、しかしどれだけ歳をとっても、内省(ないせい)や観察を重ねても、自分自身に関して知らないこと、わからないことはまだまだたくさんあるんだなあと、感慨に打たれました。
さて、みなさんの耳たぶの具合はいかがでしょう? 左右で大きさは違っていますか? しかし耳たぶっていったい何のためについているんでしょうね? 日常生活でとくに何かの役に立っているとも思えないんだけど……。
◆Paul McCartney「Dance Tonight」
ポール・マッカートニーが歌います。「ダンス・トゥナイト」。マンドリンのイントロがいいです。
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「七つの子」という童謡がありますね。「カラスなぜ鳴くの? カラスは山に、かわいい七つの子があるからよ」という歌です。作詞は野口雨情(のぐち・うじょう)。僕はこの歌を耳にするたびにいつも考え込んでしまうことになります。七つの子っていったい何だろう、と。巣に七羽の子どもがいるともとれるし、また七歳の子がいるともとれます。でもカラスってだいたい一度に三、四羽の子どもしか生んで育てないようです。七羽も子どもがいたら、とてもその面倒は見切れないから。またカラスが七歳ともなれば、かなりでかくなっていますし、とても「かわいい子ども」とは言えないはずです。いったいどういうことなんでしょうね?
作詞をした野口雨情さんに直接問いただしてみればいちばん早いんでしょうが、雨情さんは遙か昔、1945年に亡くなっています。それで、その「七つの子」の謎を巡ってこれまでに学者の間で長年にわたって論争がおこなわれてきたんだそうです。「七歳というのは人間の子どもがいちばん可愛い盛りであり、カラスにもそれと同じくらい可愛いと思える年頃の子どもがいるんだよ」という解釈もあるし、何らかの事情で実際に七羽の子どもがいるんだという説もあります。学者というのは本当にいろんなことを巡って論争するものですね。何を考えて鳴こうが、それこそカラスの勝手なんでしょうが。
でもね、僕は思うんですが、雨情さんは理屈がどうであれ、とにかく「七つ」という言葉が使いたかったのではないでしょうか? カラスが通常、何羽子どもをつくろうが、何歳で大人になろうが、そんな生物学的事実には関係なく、ただ「七つ」という言葉の響きに心を強く惹かれたんじゃないでしょうか? ふと、そんな気がします。詩人って、時としてそういう無謀・勝手なことをしますからね。
でもこれ、とくに根拠のない僕の個人的な憶測ですので、どうか論争とかに巻き込まないでくださいね。正直言って、別にどっちでもいいんです。
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1月26日(日)放送分より(radiko.jpのタイムフリー)
聴取期限 2月3日(月)AM 4:59 まで
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<番組概要>
番組名:村上RADIO~村上の世間話6~
放送日時:1月26日(日)19:00~19:55
パーソナリティ:村上春樹
番組Webサイト:https://www.tfm.co.jp/murakamiradio/