彼女のカプセルは閉じたままで、深夜の冷蔵庫くらいの音を僅かに出し続けている。
眠る前に枕元に置いていたぬいぐるみもそのままで、寝相の悪さを心配していた彼女を思い出した。コールドスリープ中は動いたりしないようだった。
二つ上の彼女はなんでも自分で決めて、僕はいつもそれに付き合わされる。これだってそうだ、僕は別に1000年後なんて興味なかったけど、ずっと一緒にいるって約束しちゃったからしょうがなく入ったのだ。
部屋に入る前にされた説明をうっすら思い出し、カプセルの横のメモリを見ると845年と表示されていた。誰のために表示されているのだろう。見回りの人がいるのか。ワイン的な感じで貯蔵されているだけだったとしたらかなり怖いなぁ。一通り想像を膨らませても、彼女のカプセルはあかないままだ。あと155年。あまりにも退屈すぎる。このままでは彼女に会う前に死んでしまうのでもう一度カプセルに入ってみたが、アーチが横のままでさっきの状態に戻らない。仕方なく部屋の中をぐるぐる歩いていると、内線を見つけた。フロントは9番と書いてある。フロントがあったのかよと思いながらかけてみると、しばらく待たされて女性の声がした。
女「もしもし」
男「あ、すいません
ちょっとお尋ねしたいんですけど」
女「部屋番号よろしいでしょうか」
男「部屋番号??」
女「入る前にお伝えしてると思うのですが」
男「あ、すいませんちょっと800年くらい前で
あんまりおぼえてなくて」
女「あ、え、え!?あ、もしかして
1000年経つ前に目が覚めた感じの、
やつですか?」
男「あ、そうみたいです、
え、もしかしてめちゃくちゃやばいですか?」
女「あ、いや全然大丈夫です少々お待ちください」
感じのやつですかという、絶対にマニュアルにない喋り方をしてたからかなりヤバいのだろうけど、とりあえず待つしかない。
保留音が懐かしいJ-popで、そうかもうこれがクラシックの位置にあるのかとか思ってたら再び女性の声がした。
女「すいませんすぐ向かいますので
2年ほど待っててもらっていいですか?」
男「え、そんなにかかるってことは
絶対やばいってことですよね?」
女「大丈夫です。あの、カプセルの中の
元々口に繋いでた紫のチューブしがんだら
好きな味するんでそれとか食べててください」
男「未来すぎてこわいんですけど」
女「すぐ向かいますんで」
男「なんで2年もかかるんですか?」
女「いやでも、なんかそういうプランですけどね」
男「え?」
女「とりあえず向かいますんで、少々お待ちください」
さすがに少々ではないだろと思っていたら電話は切れた。彼女は当然眠ったままだ。「同い年だったらよかったね」845年前、彼女はよく言っていた。二つ上の彼女はなんでも自分で決めて、僕はいつもそれに付き合わされる。