ベランダでタバコを吸っていると、道路を挟んだ向かいのマンションの人が洗濯物を干しているのが見えることがある。
片側一車線の道路だからそんなに離れてないせいで、見ようと思えば何を干してるかも見れてしまうので極力見ないようにはするけど、一日仕事して帰ってきた僕にとっては結構な至福のひとときで、そんな時に周りを気にしなきゃいけないのも嫌で、基本的には横を向くようにしてる。
その日も横を向いてタバコを吸っていた。
身を乗り出しているわけでもないから、遠くのファミリーマートがぼんやり見えているだけのこの景色で、僕は一日を締めないといけない。
女「あっ!!!」
近くで聞いたらすごい大きいであろう声が聞こえて、つい前を見てしまった。
向かいのマンションの7階に住んでいる女性が身を乗り出して下を見ているのが見えた。
7階だとすぐにわかるのは、自分と同じ目線だからだ。
女「うわー、やば、壊れたかな」
声は聞こえないけどすごく落ち込んでいるのはわかった。
よーく見るとAir Podsみたいな白いケースを持っているように見える。多分片耳落としたのだろう。
少しすると、下に降りて探し始めた。まだ夜は寒いのに、あまり防寒せず出てきているところを見ると、早めに見つけられると踏んでいたのだろうが、全然見つかる気配がない。
そこはもう探してたけどなとか、少しコントロールしたくなってきている自分が気持ち悪くて、コンビニに行くことにした。
適当に買い物して家に戻ろうと信号で立ち止まると、足元に明らかに落ちていた。
すぐに拾おうと思ったのだが、探しているものを自分が知っているのはかなり気持ち悪い気がした。
それでも向こうを見ると、仮にそんなに転がってたら確実に使えないだろみたいなとこまで前傾姿勢のまま進んで行ってたので、意を決して拾い上げ声をかけた。
男「あのすいません」
女「え、なんですか」
男「もしかしてあなたが探してるやつですか?」
女「え、あ、そうですありがとうございます!
なんでわかったんですか?」
男「あ、いや、他なんか、
葉っぱとかしか落ちてなかったんで」
女「あ、そうですか。
すいませんありがとうございます
見つからないと思った」
男「いえいえ。じゃあ」
信号待ちで振り返ると、イヤホンを耳にはめて、スマホを一通りいじって、はずしてケースに戻していた。ケースが棺桶に見えた。
次の日、いつものようにベランダに出ると、彼女はiPodで音楽を聴いていた。
女「ベランダで音楽聴く時は有線のイヤホンじゃないと」
同じベランダに出れるようになった今も、彼女はiPodを使い続けている。
女「とっておくもんだね、見つかると嬉しいし」男「替えのイヤホン探してる間に見つけただけでしょ」
女「違うよ、ここかなぁって箱に入ってたの」
男「イヤホンとか入れてる箱でしょ絶対」
女「違うよ大事なもの入れ」
男「大事な物入れはなんかあの高い鞄買った時の箱でしょ?
絶対ディズニーのお土産のクッキーの箱に入れてたでしょ」
女「あれは違うもんなんか充電器とか電池とか入れる箱だもん」
彼女はものを捨てるのが苦手だ。そういうとこも好きだ。
さすがに片耳聞こえないairpodsは捨ててもいいと思うけど、箱に入ってるのを見た時、少しだけ嬉しかった。