2025年、今年はキング・オブ・ブルース、B.B.キングが生誕100年
4月には日本武道館公演100回を越えるエリック・クラプトンが来日公演を行います。
再び注目を集めるアメリカン・ルーツ・ミュージック、
ブルースにスポットを当てる「Riding with The Blues」
この番組は、エリック・クラプトンをメンターに、彼が取り上げたブルース・ナンバーを通じて、
アメリカのルーツ・ミュージック、ブルースを紹介していくプログラムです。
お相手はミノルクリス滝沢です。
まずお送りしたのは、エリック・クラプトン、1975年のアルバム「安息の地を求めて」に収められた曲
「ザ・スカイ・イズ・クライング」
オリジナルは、キング・オブ・ザ・スライド・ギター、エルモア・ジェームスです。
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1918年、ミシシッピー州ホームズ・カウンティ、リッチランドで生まれたエルモア・ジェームス。
12歳でディッドレイ・ボウと呼ばれる単弦楽器を弾き始めたエルモアは、本格的に音楽活動をスタートします。
1930年代の終わりからプレイしていたロバート・ジョンソンの曲を、戦争をまたいだ、1951年にレコーディング、デビューします。
このデビュー曲「ダスト・マイ・ブルーム」は、アメリカのR&Bチャートで9位にランクされるヒットになり、
エルモアは注目の存在となります。
「ダスト・マイ・ブルーム」は、カントリー・ブルースの名残りがありましたが、
アンプで歪ませたワイルドなスライド・ギターを持ち味とするエルモア・ジェームスは、
ブルームダスターズとネーミングされたバンドとともにさまざまなレーベルでレコーディングを行いました。
しかし、デビューして10年あまりという1963年、
5月24日に、いとこのホームシック・ジェームスのシカゴの自宅で、心臓発作のため急逝します。
その年のアメリカン・フォーク・ブルース・フェスティバルで、ヨーロッパをツアーしようとしていた矢先のことで、
エルモアは、まだ、45歳でした。
ジミ・ヘンドリックスやスティーヴィー・レイ・ヴォーンなど
後のギタリストに大きな影響を与えたエルモア・ジェームス。
彼は1990年に、ロックの殿堂入りを果たしました。
では、エリック・クラプトンがカヴァーした
「ザ・スカイ・イズ・クライング」のオリジナルを聞きましょう。
1960年のシングルです。エルモア・ジェームス&ヒズ・ブルームダスターズ
「ザ・スカイ・イズ・クライング」
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エルモア・ジェームス&ヒズ・ブルームダスターズ
「ザ・スカイ・イズ・クライング」に続けてお送りしたのは、1951年のデビュー曲「ダスト・マイ・ブルーム」でした。
エルモア・ジェームスにフォーカスした、今回の「RIDING WITH THE BLUES」
ラスト・ナンバーは、エリック・クラプトンが1994年のアルバム
「フロム・ザ・クレイドル」でエルモア・ジェームスをカヴァーした「イット・ハーツ・ミー・トゥー」
この曲を聞きながらお別れです。
お相手は、ミノルクリス滝沢でした。
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