2025年、今年はキング・オブ・ブルース、B.B.キングが生誕100年
4月には日本武道館公演100回を越えるエリック・クラプトンが来日公演を行います。
再び注目を集めるアメリカン・ルーツ・ミュージック、
ブルースにスポットを当てる「Riding with The Blues」
この番組は、エリック・クラプトンをメンターに、彼が取り上げたブルース・ナンバーを通じて、
アメリカのルーツ・ミュージック、ブルースを紹介していくプログラムです。
お相手はミノルクリス滝沢です。
まずお送りしたのは、エリック・クラプトン。
1994年、デビュー30周年記念アルバムとなったブルースのカヴァー・アルバム
「フロム・ザ・クレイドル」に収められた「フーチー・クーチー・マン」
オリジネーターは、シカゴ・ブルースの父、マディ・ウォーターズです。
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1913年、ミシシッピー州クラークスデイル郊外で生まれたマッキンリー・モーガンフィールド。
幼い頃に泥んこになって遊ぶのが好きだったことから、泥水、マディ・ウォーターズと呼ばれるようになります。
1941年の初レコーディングを経て、1943年、南部からイリノイ州シカゴに移り住んだマディは、
1947年に、後のチェス・レコードとなるアリストクラット・レーベルでレコーディングを始めます。
ギタリストにジミー・ロジャーズ、ブルース・ハープにリトル・ウォルター
この二人を迎えたマディ・ウォーターズのトリオは、ディープなサザン・テイストのエレクトリック・ブルースで人気を集めます。
1953年からは、ピアニストのオーティス・スパンをメンバーに加え、マディ・ウォーターズは黄金時代を迎えます。
1979年には、エリック・クラプトンとアメリカ、ヨーロッパ・ツアー
さらに1980年には初の来日公演を行いますが、
1983年4月4日、イリノイ州のウェストモントの自宅で、70歳の生涯を閉じました。
1987年には、ロックの殿堂入りを果たしています。
では、1954年、アメリカのR&Bチャートで3位にランクされた
マディ・ウォーターズのオリジナル・ヴァージョンを聞きましょう。
マディ・ウォーターズ「アイム・ユア・フーチー・クーチー・マン」
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マディ・ウォーターズ、「アイム・ユア・フーチー・クーチー・マン」に続けてお送りしたのは、
1953年リリース「フーチー・クーチー・マン」のひとつ前のシングル「マッド・ラヴ」のカップリング・ナンバー
「ブロウ・ウィンド・ブロウ」。
マディ・ウォーターズにフォーカスした、今回の「RIDING WITH THE BLUES」
ラスト・ナンバーは、エリック・クラプトン、1981年のアルバム「アナザー・チケット」に収録された「ブロウ・ウィンド・ブロウ」
この曲を聞きながらお別れです。お相手は、ミノルクリス滝沢でした。
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