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ある日、世界にゾンビが溢れ出し、社会の何もかもがストップしてしまったら、どうやって生きていこう。そんな空想をすることはあるだろうか。
僕はよくする。趣味かというほどに。雨水をろ過して煮沸して飲み水をつくれるか、火はおこせるか、雨漏りをした家の修復は…。知識がなくてはいざという時、家族を守ることなどできはしない。様々なシチュエーションを想像して、動画や本を読んで対処法を考える。
そんな妄想の中で、どうにもうまく想像できず匙を投げてしまう部分がある。家の修復やバリケードを作成するといった、DIY的な界隈である。経験値がなさすぎて、『日本家屋をリノベしてみた!』的な動画を観ても、自分がうまくやるビジョンが全く見えてこないのだ。
舞台役者として小劇場に立っていた20代前半。舞台装置を仕込んだりバラす際、仲間たちは意気揚々と腰のあたりに工具を詰めたMyガチ袋を引っ提げて、電動ドリル片手にキュインキュインしていたものだ。埃っぽいししんどそうだしとチラシのデザイン作業や折込を主に担当していた僕、あの頃いっちょ噛みしておけば苦手意識を持つこともなかったであろうに。後悔しても仕方ない、今からでも噛んでおかにゃあ!
というわけで、自宅のテレビを壁掛けしてみることにした。
まあ、前々からテレビ台のスペースが空けば、子供の本やおもちゃをもっと置けるのになあと思っていたので、一念発起しただけなのだが。調べてみると、なんとか自分でもできそうに思えたので、このあたりから始めてみよう。ヒロミさん、東出昌大さん、オラに勇気をわけてくれ!
まずはテレビの型番を調べ、適合する壁掛け金具をアマゾンでポチる。我が家の壁は石膏ボードという、表面がもろいタイプなので、下地になっている間柱という部分に金具を打ち込めばいいらしい。壁をトントンたたいて軽い音でなくしっかりした手応えがある所に間柱はあるらしいが、何度トントンしても確証がもてない。このままではお隣さんから苦情が来てしまう。職人の耳と感覚が必要な作業のようだ。出だしから前途多難である。
仕方なく義父を頼る。この御仁は愛猫のためのキャットタワーを一から手作りしたり、若い頃は猟犬と共に山で狩猟をしたりと、僕が理想とするサバイバルオヤジである。壁の後ろにある間柱の存在を検知する、下地センサーなる秘密道具を快く貸し出してくださった。センサーを這わせ、動かしていくと柱のある部分でピー!と小気味いい音をたてて教えてくれる。反応した箇所に印をつければ、間柱の姿は丸見えである。さらに磁石で柱の上を撫でていく。磁石が反応したところにはすでにネジがあるので、その上は避けなくてはならない・・・らしい。柱全体が磁石に反応する場合は、間柱の材質が木材ではなく、軽量鉄骨なので付属のネジは使えないそうだが、どうやら木材のようで一安心。
続いて、マスキングテープで壁掛け金具を取り付ける場所に目星をつける。これは意外とイージーで、床からメジャーをつかって等間隔に印をつけることできれいにテープを貼ることができた。Do It Yourself、やっていくうちに僕にもDIY魂が宿っていくのを感じる。
いよいよ金具を付属のネジで柱に打ち込んでいく。またもサバイバルオヤジにお借りした電動ドリルで下穴を開けていく。なんだかDIY感が高まってきました。金具をカミさんに固定してもらい、電動ドライバーでネジを打っていく。終わりが見えてきた!と気が緩んだ瞬間、空回り音と共にネジがそれ以上奥に進んでいかなくなった。
嫌な予感がする…。
場所を変えて数回打ち込もうとしたネジは、無常にも空回りを続けている。絶対防壁(アブソリュート・ガード)である。なるほど、俺の負けだ。再度柱の上に磁石を当ててみると、うっすらと、本当にうっすらとだが反応が…ある…?もしや軽量鉄骨の柱なのか。どうしたものかと説明書を読むと、驚愕の記述があった。
『軽量鉄骨の場合、専用のネジをご自身でご用意ください。』
ご自身で…?Do It Yourselfにもほどがあるのではなかろうか。ネジの種類、長さや耐荷重などどう選べばいいのか分からない。そもそも必要なネジは8本なのに、ほとんどのネジが一箱500本入りなんて書いてある。残り492本をどうすればいいというのだ。
これはプロに聞くしかないと、やってきましたホームセンター。店員さんにテレビの重さや軽量鉄骨のことなどを伝えると『軽天ビスフレキ』なる、ほとんど意味を理解できないブツを教えてもらった。軽天…?そんなやわそうな名前で鉄骨に穴を開けられるのか?フレキってなんだ?ビスとネジって何が違うんだ?胸に去来する様々な想いには蓋をして、店員さんの言う通りのビスを購入し、再度挑戦してみると、先日の鉄壁の防御力は何だったのかというほどすんなりとビスが壁に吸い込まれていくではないか。流石ホームセンター。ゾンビが町に溢れたらホームセンターに行けば大体なんとかなる。
最後にテレビにも金具を取り付けて、壁の金具とジョイント。ついに、やり遂げた。無駄な穴も空いてしまい、残りの住宅ローンに思いを馳せると暗澹たる思いだが、僕はやり遂げたのだ。どんとこい、サバイバルである。達成感を味わいながら、その日は床についた。
一晩たってすっかり冷静になった僕は、こんな素人施工ではある日突然落ちてきやしないか不安でたまらなくなり、すぐに業者さんを手配して確認してもらうことになる。ゾンビが溢れる世界は、もうしばらく来ないでほしいと願うばかりだ。