閉じた環境から流れてくるデマ
速水:昨日に引き続き、スローニュース株式会社代表瀬尾傑さんに伺っていきます。よろしくお願いします。昨日はスローニュース、そして調査報道が世界的にも重視されているという流れがありつつ、それを日本でもやっていこうじゃないかっていう話を瀬尾さんに伺いました。スローニュース株式会社の活動がまさにそれにあたるわけなんですが、今日は「デマ」をテーマに取り上げてみたいと思います。まさに4月のこれから、緊急事態宣言が発動され、東京はロックダウンが行われるのではないかというデマがが出回り、官房長官がこれを否定するような流れまでありました。こうした一連の流れを瀬尾さんどう思われましたか?
瀬尾:今回色んな人に聞いたのは、 LINE とかメッセンジャーで情報が来る。しかも凄く信憑性がある形でくるんですよね。例えばテレビプロデューサーの方がそういう情報が入ってるんだって話があったりですね。
速水:それ実は僕のところにもきました。しかも僕も瀬尾さんも放送局で仕事をしていて、その中で、そういう人達に向けて、放送局の内部情報ですって言ってきたら、自分だけが知り得た情報である可能性もありますよね。
瀬尾:そうなんですよね。今回のこのデマの伝わり方ってひとつの特徴があるんです。今まで、例えば東日本大震災の時とかもいろんなデマが出たんですが、それはTwitter とかブログとか、オープンなネットの場所で流れていたものが多いんですよね。でも、今回は LINE とかメッセンジャーみたいに、自分の知ってる人からダイレクトに送られて来るっていう形のデマだったんですよね。これがすごく危険なのは、知り合いから来るとやっぱり信用しやすいんですよね。例えば、自分の友達だったり、それがテレビ局に勤めている人で、プロデューサーがデータ元だみたいに来たら、本当に信じたりするわけですよね。そしてそれがLINE やメッセンジャーのように閉じたネットワークで送られてくるので、外からチェックされにくいっていうことがあるんですよね。
じつはスローニュースで、メディカルジャーナリズム勉強会という、医療関係のジャーナリストやテレビのプロデューサー、お医者さんが集まった勉強会を支援したんですが、そこでやった研究の一つで、Twitterとか Facebook でも、よく嘘の医療情報が流れてるってよくありますよね。それがどういう風に流れるかっていうのを調べてみたんです。それは過去の5年とか10年前くらいまで遡って調べたんですけども、とっても面白いことが分かったんですね。実は Twitter では 医療情報や健康情報に関するデマは減ってるんです。
速水:それはみんなが見ているソーシャルメディアだから、打ち消す情報も来るということですか?
瀬尾:おっしゃるとおりです。Twitter がどんどん広がる中で、東日本大震災の直後なんていうのは、結構デマ情報が流れたりしました。ところがその後、例えばお医者さんの中で、Twitterにデマが流れるのは問題だっていうことで、 Twitter をやり始めた人が多いんですよね。そういう人たちは意識して偽情報に関して指摘するので、結果的に Twitterの中での医療情報に関するデマは減ってるという傾向が出てるんです。
一方で、LINE やメッセンジャーっていうのは、閉じている仕組みなんでなかなかチェックしにくいですよね。
速水:表とは違う情報として受け止めていて、しかも限られた人達だけが知っているものだっていうことが、ある種信頼性の担保として勘違いしてしまう部分がある。
瀬尾:そうなんです。一番危険なのは、自分の知ってる人とか親しい人からくる情報っていうのは信じるという傾向があるということなんです。ここをついてるデマなんですね。フェイクニュースを他人ごとみたいな感じで、自分はブログの嘘には騙されないとか思ってる方多いんですけど、そういう方でも親しい人からそういう情報が来ると騙される可能性があるので、そこは気をつけなきゃいけないんです。
速水:去年発売された本なんですけど、メディア研究者の佐藤卓己さんという方が「流言のメディア史」っていう本を書かれていて、ここに書いてることって非常に面白いんです。いわゆるデマ、流言というのは、社会が危機の状態で、皆さん扇動されやすくなってますよって思いがちなんだけど、実はそうではないんだって話をしているんです。むしろ冷静に都合よく合理的に受け止めるからこそ、デマを人は信じるという話をしていて、たとえばロックダウンがあるから買い占めが起こるっていうような連動の仕方は、実は非常に合理的に受け止めたからなんですよ。パニックになったわけじゃないんです。そのデマを発する側も受け取る側も実は非常に冷静なんです。
瀬尾:だからトイレットペーパーの買い占めが起きた時に、「あの人たちはデマに騙されてるんだ」っていうような対応をしたんでは結局ダメなんですよね。あの人達に対して出すべき情報は、「トイレットペーパーは潤沢にあるんだよ」あるいは、「今売り切れてもこれだけ流れてくるんだよ」という、彼らに合理的選択をさせるような情報流さなくちゃいけないんですよね。
速水:まさにそうなんですよね、合理性を失ってパニックになるって言われてたのって、昔の SF の話で、それこそオーソン・ウェルズの有名な「火星人襲来」っていうのでパニックになったというものを、後で検証してみると実はほぼ誰もパニックになっていなかったっていうね。
瀬尾:佐藤さんの本で、一番驚いたのはそれなんですよ。火星人襲来のはなしですよね。ラジオで騙されてパニックを起こした人がいるっていう話なんだけど、パニックが起きたっていう事自体がフェイクニュースだったっていう、それを佐藤さんが調べて書いていますよね。だから、それくらい本当に騙されやすい。メディアの世界ではある意味、伝説的な話として伝わっていますね。
速水:あまりにも面白い話だから、便利に都合よく僕らは解釈して、、パニックになって、国民は非常に先導されやすいですよって言いがちなんですが、先導されていたのはメディアの側でしたっていう話ですよね。
瀬尾:そういう意味でいうと、発信源がメディアだから信用できるっていう訳でもなければ、さっきの LINE やメッセンジャーのように、親しい人だからといって信用できるわけでもないっていうのが難しさだと思うんですよね。
デマに騙されないために
速水:メッセージを一つよみたいと思います。ラ「ツイッターを見ていると、この記事はデマかなと斜に構えるようになりました。コロナウイルスは温水に弱いであるとか、地震があった動物園から動物が都市部へ逃げて行ったというのを見ると、思わずリツイートしてしまいそうになりますが、冷静に考えるとそんなことないなと思い、踏みとどまるようにしています。ただ感情に支配されるとデマをデマと捉えるのが難しくなるので、デマは本当に厄介だと思います。それとともにデマを流す人の心理って何なんだろう、とふと考えてます。」というメッセージをいただいています。何か有事の時につきもので、動物が逃げたっていうのも何度も繰り返されているやつですよね。
瀬尾:今回、ロシアでもそういう話がありましたよね。
速水:プーチンが人が出回らないように街にライオンを放したっていう話がありましたけど、あれはライオンではなく、熊だったそうです。っていうおしゃれな切り返し方をロシアのメディアなんかはしてたりしますね。
瀬尾:Twitterとかでデマが拡散しちゃうのは、おもしろい情報だし、人に知らせたいって気持ちがあるんですよね。その”すぐ”っていう気持ちをちょっと抑えること。まさにそれがスローニュースなんですけど、すぐ反射するんじゃなくて、ちょっと時間をおいて考えてみる。このメールをくれた方みたいに「常識的に考えておかしいよな」とか「もしこんなことがあったらもっともっと騒ぎになってるはずだよな」とか冷静になれるんですよね。だから一呼吸おくことが大事なんだと思いますね。
速水:自分にとってシャレの効いた面白いニュースだなと思うから流したり、良かれと思って流す。それこそ善意で広まるデマっていうのも非常に多いし、これがたちが悪かったりするわけですよね。
瀬尾:そうなんですよ。悪意をもって、ビジネスとしてデマを流す人もいるんですけど、それは発信源ではあるんですけど、いちばん広げるのはやっぱり善意の方が広げてしまう。これが本当にいちばん問題なんですよね。半日経ってから共有しても、1日経ってから共有しても、そんなに変わりないですから、そこで1日待つってことが大事です。
ジャーナリズムの価値
速水:今日は調査報道、スローニュースという話をしています。昨日もちょっと出ましたけど、それは時間がかかり、コストがかかることです。まあ無料のニュースでもね、この番組ラジオなので公共ですけど、スポンサーがついているっていう形でのある種の課金ではないシステムであるとか、色々あると思うんですけど、ウェブのニュースは紙とは違ってお金払うって風習ないですよね。
瀬尾:そうですね。やっぱりウェブってこれまでに比べたら、圧倒的に情報量が増えているんですよね。2009年を1としたらですね、2019年のネット上のデータ量って1400倍なんですよね。もちろんそれは全部ニュースってわけじゃないんですけど、とはいえやっぱり情報がこれだけ増えると、市場原理もあるので、値段が下がるわけですよね。その中でどうやって価値を出していくのかというのを改めて考えなきゃいけないと思うんですよね。普通に起きた出来事を話していく、流していくだけだと、結局 Facebook Twitterに負けちゃうわけですよね。その中で付加価値をだしているものだったら、面白いからお金払ってもいいと思ってくれる人とか、あるいはこれを応援してやろうと思ってくる人とかですね、そういうたちをどうやって作っていくのかが鍵になってくるんだと思います。
速水:僕も自分の仕事はニュースそのものを伝えることではなくて、ニュースに関心を持ってもらえるようにつなぐ仕事だと思っているんですよね。重要なことをそのまま伝えても人は興味を持たないことがあるんですよ。ある種インセンティブをつけてあげるみたいなことが、ニュースメディアに携わる人間としては必要なことだなと思っているんですけど、ブログなんかで「調べてみました」っていうのがあるじゃないですか。結局分かりませんでしたで終わることが多いんですけど、あれも人の関心を引き付けるためにやっているものなんですけど、価値をつけるってどういうことなんでしょう?
瀬尾:今の読者って、出来上がりのこの最後の結末だけ知りたいわけじゃなくて、その途中の過程が知りたいんですよね。例えば西日本新聞がやってる、「あなたの特命取材班」っていうものがあるんですけども、どういうことやってるかっていうと、読者の方がこういうことを調べてほしいということを新聞に投書とかメールで送ってくるわけですよ。それを新聞記者の人が調べに行くわけですね。まさに「調べてみました」なんです。例えば役所の不正というか、そういう問題を取り上げるときもあれば、もう本当にすごく小さな、隣の家の騒音がうるさいんだけどなんとかなりませんかみたいな、身近なテーマまでも出すわけですね。それが実はすごく人気になってる。それはテーマも身近だし、なおかつ調べに行く過程を全部公開してるわけですね。やっぱり皆さんが関心を持つのは、その途中の苦労だったり、あるいは自分たちで調べようと思ってもなかなかめんどくさくてできないことを、記者の人、ジャーナリストの人がやってくれる。そこで真相に近づいていくっていのを面白がられるということだと思うんですね。でもこのことって、考えてみたら「探偵ナイトスクープ」ってあるじゃないですか。あれだと思うんですよね。あれが実は結構ジャーナリズムの原点じゃないかなと思ってます。
速水:実はメディアの造り手じゃない人たちの方が、好奇心とかもちろんあるわけで、プロはこんなこと当たり前じゃないかと思うようなことだったとしても、実はその視点なかったねっていうことっていっぱいありますよね。
瀬尾:そうなんですよ。だからそういう身近な悩みとか、プロが思いつかないような、毎日起きている生活の中で生み出された疑問に対して、普通の人が会社を休んで調べに行くかと行ったら行かないし、それを代わって調べてあげる。あるいは、そういう人たちが、本当は自分たちで調べてみたいっていうことを代わりに体験してあげるというのが、僕はジャーナリストの役割のひとつだと思います。
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