孤独に埋もれる母親たち「育児困難社会 母親たちの現実」とは

2020年4月1日放送Slow News Report

社会の関心が向きにくい専業主婦の子育て

速水:スタジオには調査報道グループフロントラインプレスの伊澤理江さんをお迎えしています。伊澤さんが取材されているテーマが「孤独に埋もれる母親たち」。伊澤さんが取材された育児困難社会 母親たちの現実はヤフーニュースの特集で4回にわたり連載され、非常に大きい反響があったということなんですが、どういう反響だったんでしょうか?

伊澤:育児の問題がメディアで語られる時に、仕事と育児をいかに両立させるかだとか、保育所の問題など、働くお母さんに注目されることが多いですね。一方、専業主婦で、3歳児未満の未就園児を家庭で育ててるお母さんっていうのは、数としては多いんですけれども、なかなか光が当たりにくい。そういった方々が「よくぞ私たちが抱えてる問題を表に出してくれた」と共感する声が非常に多かったです。

速水:伊澤さんがそういうテーマを取材して記事にしようと思った経緯ってどういうことだったんでしょうか?

伊澤:働くお母さんにどうしても社会の目は向きやすいですよね。報道の量からしても、そちらの方が圧倒的に多いです。ただ、共働き世帯が専業主婦家庭を上回ったとだいぶ前から言われてるんですけれども、未就園児を育てている家庭に限っては、決してマイノリティではない。実は数として非常に多いんですね。なのになかなか社会には見えない。そういった問題を可視化したいっていうのがきっかけでした。24時間ほとんど子供と離れることができない状況では、協力者がいなければいとも簡単に精神的に追い詰められてしまう。そういった状況を伝えたいと思いました。


孤独の中で子供に手を上げてしまったSさんのケース

伊澤:兵庫県の30代の女性を取材したのですが、まず2年前 S さんが生後6ヶ月の息子にしてしまったある行動からお聞きください。

【泣き止まない息子にどうしていいかわからず…】(兵庫県30代女性Sさん)
たしかその日もずっと泣いていて、オムツを替えても、おっぱいをあげても、外に出てみても全然泣き止まず、もうどうしたらいいのかわからなくて、「もういい加減にして!」って、子供を布団に投げつけちゃたんですよね。本当にいけないことなんですけど…。このままだと本当にこの子の命を奪ってしまうと思ったんで、ちょっと泣き止んだ一瞬を見計らって、児童相談所虐待防止ダイヤルみたいなところに電話をしたら、そこから自動転送で地域の児童相談所みたいな所に電話がつながったんです。

伊澤:Sさんは外資系企業を渡り歩き、激務をこなしてきたキャリア女性です。それが夫の転勤に伴って、仕事を辞めて慣れない土地に移り、知り合いもいないないなか、子育てがスタートしたんです。そして、一度泣き出すと何時間も泣き止まない、そんな赤ちゃんと二人きりの生活が続きました。そのとき夫はどうしてたのかというと、早朝から深夜まで仕事。週末も出勤で家にはいませんでした。Sさんはワンオペ育児が半年近く続いたんです。そんな状況で、正常な判断を次第に失い、衝動的に我が子を布団に投げつけてしまったんですね。

速水:家族のサポートが受けられなかったわけですね。一方で子育てをサポートする制度っていうのもあるわけですよね?

伊澤:今、コロナウイルスの影響で、児童館などは閉まっているところも多いんですけれども、通常は児童館や子育てひろば、それから行政の相談窓口など、様々な支援制度があります。ただこのSさんの場合、家のすぐ近くにそういった施設がなく、バスで移動しなければいけなかったんです。しかし、とにかく子供がよく泣くので、周りの視線が気になって、児童館にもちょっと行かなくなってしまいました。行政機関に相談にも行っていて、生後6ヶ月の検診の時に、「育児がつらくてつらくてたまらない」ということも打ち明けていました。ただ「児童館へ行ってみてはどうですか」というアドバイスで終わってしまっていたんですね。児童相談所にも相談をしたけれども、「児童館や保健センターに行ってみてください」と言われ、小児科の育児相談も行きましたが“保健センターで相談をやっています”というチラシを渡されただけでした。そういった状況のなか、夫のほうも困り果てていました。

【Sさんの夫のお話】
(会社に)入ったときから残業してる人がすごいみたいな風潮があり、それが当たり前みたいになっていました。早く帰りたいけど帰ってあげられませんでした。最近になって、業務を減らす方向になってきて、上司にも相談したのですが、うちは子供は一人なので、「なんで一人しかいないのに大変なの?」みたいに思う人もいるんです。その人は子供が二人いるんですけど、そういうのって個人差もあるし、子供の個性もありますから、あまり周りの人に言ってもわからない。だから、相談してもわからないかなって思いました。

速水:夫の方も会社から理解されなかった部分、子供一人なら大変ではないでしょうと思われて、ずっと残業から解き放たれなかった。決して遊んでたわけではないというところは伝わってきますよね。
伊澤:おっしゃるとおりで、自分の子育ての体験が基準になって、他の人の状況に想像が及びにくい。その問題がありますね。夫は大手企業に勤めているんですけれども、働き方改革で残業を減らすようにという指示は上から出てはいるんですが、人手が全く増えないので、結局仕事も変わらず、帰りたくても帰れない。そして、帰宅すると、「今日も子供を叩いてしまった」と妻がわぁーわぁーと泣く。自分も子供と触れ合いたい、妻を助けたいのに、仕事で全然帰れない。それが一番きつかったと当時を振り返って話されていました。

速水:夫の方も会社と悩む妻との板挟で、八方塞がりに見えるSさんのケースなんですが、逃げ場所はどこかにないのかなともどかしく思いますよね。こちらも伊澤さんは専門家に話を伺っているんですよね。
伊澤:児童福祉に詳しい関西大学山縣文治教授に聞きました。

【Sさんの相談を受けた対応の問題】(関西大学 山縣文治教授)
彼女はメッセージを出したんだから、そのメッセージをきちんと受け止めるべき人が必要。児童館、保健センター、いろいろあったにもかかわらず、すべてがたらい回しにした。これは受け手側の問題。本人は何も問題はないと思いますね。

伊澤:コメントの後で、山縣先生は「児童館に行きなさいっていうアドバイス自体は決して悪くない。ただ、「児童館の○○さんの所に連絡しておいてあげるから、その人を尋ねるといいよ」と、組織じゃなくて人を紹介すると行く方も行きやすい。また、そういった公的な場に一人で行くのは不安な人もいるので、できれば一緒について行ってあげると、安心してお母さん達も行きやすいんです。」ということもおっしゃっていました。

速水:一緒にいくっていうのはは誰と行くんですか?

伊澤:相談を受けた保健士さんや行政の窓口の人ですね。人員の関係で難しいところもあるかもしれないんですけれども、そういうアドバイスをしていました。このSさんのケースなんですけれども、夫の転勤に伴い、知り合いのいない環境での育児。夫は残業続きで家にいない。よくある話ですよね。それに加えて、協力者がいなかったり、母親なんだからこうでなきゃと自分にプレッシャーをかけて頑張りすぎてしまったり、様々な要因が絡み合うことで、こんな風に追い詰められてしまうお母さん達が、至るところにいるんです。
その後もSさんはSOSを発信し続けるんですけれども、子育て広場の心理カウンセラーさんとの出会いが彼女を大きく変えました。Sさんの置かれている状況だとか、苦しい状況にきちんと耳を傾けえてくれて、彼女の子育てを肯定して、共感してくれた。ささやかなことなんですけれども、たった一人でも自分をわかってくれる、話を聞いてくれる人がいると、状況は何も変わらなくても、それだけで精神的にずっと楽になるんです。取材した山縣先生も少数の信頼できる人とつながることが大切。人と関わることで虐待しそうな衝動に対処できる力が育つとおっしゃっていました。

速水:窓口は複数あって、その中に受け皿になるところってあるっていうところを軽視しちゃうといけないっていうことですよね。どこかに繋がりは見つけることが出来るっていうことですもんね。

伊澤:本当にこの#繋がる力#というのがキーワードかなと思います。人との出会いで随分と救われたSさんなんですが、今も夫に対してこんな思いを持っています。

【Sさんが夫に対して思っていたこと】
だんだん時間が経って、記憶が薄れてる部分ももちろんあるんですけど、それでもやっぱりあの時仕事で帰れなかったことに対しては今も恨んでますよね。会社で評価が下がっても、減給されてもいいから、本当に一番苦しかった時に家に帰ってきて助けてほしかったなって思うから、やっぱりあの恨みは消えないと思います。

速水:あの恨みは一生消えないって非常に強い言葉のコメントですね。

伊澤:「今は夫が理解して手伝ってくれていて、夫婦関係が決して悪いわけじゃないんですよ」と前置きした上で、それでも一番苦しかった時に助けてくれなかったっていう恨みはなかなか消えないと話してました。


みんなが意識することで社会は変わる
速水:Twitterですごい沢山の反響来ているのでちょっと読みたいと思います。「いろんな妻も夫も子供もいるから、制度で何とかしようとするのは限界があるよね。何かいい方法があればいいんだけど」という声がありました。もう一通メッセージを読みたいと思います「めっちゃ共感できます。仕事と家庭の板挟みは本当に辛い。男性もどうしようもないんです。労基とか児童相談所とか、そういうレベルじゃないと思います」というメッセージでした。これ二つともちょっと似てるとこがあるんですけど、制度で何とかしようというのは限度があるんじゃないかっていうご意見ですが、この辺どうでしょうか?

伊澤:子育てとか母親が置かれてる状況って、じつは20~30年前の本を読んでも、ほとんど今と変わってないんです。育児が辛いという状況って変わってないんですね。それを個人とか家庭の問題として済まされてきてしまった部分があります。だから、それを社会の問題として、みんなが声を上げていって、その時代に合わせていくことで、育児がもっと辛くないものになっていくと思います。

速水:わかります。どうしても公共がやってることに関する不信ってあるんですけど、先ほどの関西大学 山縣文治教授のご意見でも、組織としての制度と、そこには顔があって、その中の誰に頼ればいいっていう人、窓口がいくつもあれば、そこにすがることができるんだよっていうのが実際にSさんのケースでもあるわけですよね。社会として対応できてる部分は利用していこうよってことですよね。

伊澤:そうですね。虐待の問題が実際に起きると、児童相談所に非難が集まったりするんですけども、実はそこに行く前に小さなSOSがいっぱい出ていたり、汲み取れる所ってたくさんあるんです。でもなかなか近所のお母さんだったり、自分の友達だったり、もしくはもっと近い自分の妻がここまで追い詰められてるっていう状況になかなか気づいていない。だから制度の問題など大切なことたくさんあるんですけれども、そういう人たちがたくさんいるっていう事を、もっと人々が意識をして接することができたら、かなり社会は変わるのかなって思います。

速水:メッセージもうちょっと読みたいと思います。「残業は当然という風潮がすべてを駄目にしてしまっているのかも。仕事のために子供の面倒が見られない、会社が子育てに無理解。そんな会社が家庭崩壊、核家族化生んだのかもしれませんね。コロナ騒動でその風潮は変わるのだろうか」というご意見。働き方改革で残業は当たり前じゃないよねって風潮になってきたんですけど、実はそんな変わってない部分もあったって話ですよね。

伊澤:本当におっしゃる通りで、かなり多くの家庭で、夫は残業で平日はまったく家にいないっていう声が圧倒的に多かったです。残業を減らす、なくす方向というのは社会の流れとして起きてるんですけれども、未だに大多数で残業が当たり前ですし、男性がなかなか育児をすることができない状況がまだ当たり前の部分はかなりあるんじゃないかと思います。

速水:いっぽうでコロナ騒動の話ですが、この母親の孤独の問題って何か影響ってありそうですか?

伊澤:コロナの問題で児童館が閉まってしまったり、お母さん達を対象にした集り、集団指導、検診などが中止や延期になってしまって、ただでさえ孤独に陥りやすい、幼い子供たちを育てているお母さんたちが一層孤独を強めているという部分はあると思います。なかなか他のママ友と交流する場も持てないですからね。昨日のゲストの瀬尾さんと速水さんがSNSのデマのお話をされてましたが、今、孤立を防ぐためにこそSNS の本来の役割である人と人のことをつなぐという目的に SNS が是非使われてほしいなと思います。

速水:2011年の震災の時にSNSってこういう使い方ができるんだっていうネガティブな部分、ポジティブな部分がいろいろあって、今でも SNS はダメじゃないかっていう声も多いんですけど、今こそ活用する領域がたくさんありそうな気がしますね。


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