ナイジェリアのスラムに誕生したサッカーチームの奮闘

2020年5月5日Slow News Report


速水:Slow News Report 今日はフロントラインプラスの岸田浩和さんとお届けします。2度目のご出演です。前回は香港で続くデモについてお話いただきましたが、今回はまたちょっと別の地域、別の国です。舞台は西アフリカ ナイジェリア。そちらのサッカーチームのオーナーをしている日本人がいるという話なんですけれども、どういうことなのかお伺いできますでしょうか。

岸田:加藤明拓さんという39歳の方なんですが、大手のコンサルティング会社の出身で、今はご自身でブランドのコンサルティングをする会社を創業した、いわゆる若手起業家、ビジネスマンの方です。加藤さんがナイジェリアの最大都市ラゴスにあるイガンムという、いわゆるゲットー、スラム地域の中にあるサッカーチームの共同オーナーを務めています。チーム自体が発足したのが2016年で、現在国内リーグの3部に所属する若いチームですね。

速水:加藤さんはなぜナイジェリアのクラブチームのオーナーになったのでしょうか。

岸田:加藤さんは千葉県の八千代高校のサッカー部出身で、インターハイで優秀選手にも選ばれているんですが、ご自身がサッカーで世界ナンバーワンになるにはどうしたらいいんだろうかということを高校生の時に考えていたそうなんです。それで、選手ではなく、世界ナンバーワンのチームを作って世界一の選手を輩出しようという目標を持って大学に進学しました。それと、加藤さんが高校3年生の時にお父さんが病気で突然亡くなって、人生には必ず終わりが来るのだからやりたいことがあれば必ず行動して実現させようと、そう思うようになったんだそうです。


ポテンシャルは高いが問題も

速水:なぜナイジェリアだったのでしょうか?

岸田:ナイジェリアはアフリカ随一のサッカー大国で、20年くらい前は世界的にもかなり強いチームとして認識されていたんですが、経済的な事情であったり、国内では汚職が横行するような状況もあって、サッカーの良い指導者が集まらなかったりして、インフラが整っていなかった。ポテンシャルの高い選手はたくさんいるんですが、ダイヤの原石が原石のままゴロゴロ転がっていて、そのまま終わってしまっているという状況があったんですね。

速水:そんなナイジェリアに加藤さんは目をつけたということなんですか。

岸田:そうですね。加藤さんは2015年からカンボジアのサッカーチームの運営を始められていて、そのことがきっかけで在日ナイジェリア人のエバエロさんという方からサッカーチームを作りたいんだけど一緒に手伝ってもらえないかと声をかけられたんですね。それで色々調べてみると、ナイジェリアは人口が今2億人近くいて約半数が二十歳以下であること、そしてサッカー人気が高いので約半数ぐらいがサッカーをやるというような素地があるということがわかったんです。これはすごくポテンシャルがあるということで、共同オーナーとして運営に携わり始めたということなんです。

速水:岸田さんご自身もナイジェリアに行って取材されていますが、ナイジェリアって今はどんな状況なんでしょうか?

岸田:私がナイジェリアに着いたときの第一印象は、映画のマッドマックスや北斗の拳のような世界だということ。カオスという言葉が思い浮かぶような様子でした。とにかく人となりがアグレッシブで、声が大きくて当たりが強い。走っている車は、塗装が剥げて錆だらけの中古車2台を1台に改造したような車。車輪も一つ外れたまま三輪で走っていたり、窓ガラスが1枚もないバスが黒煙を噴き上げながら走っていたりとか、ちょっと異様な世界で、最初はちょっと怖いなと感じました。

速水:アフリカの中ではナイジェリアという国は人口も多いしGDPも大きい国という印象があるんですが。

岸田:石油が出るのでGDPは高くなっているんですけれども、99%の富が1%の権力者に入っているという状況で、電気も北朝鮮と同じような電力供給率しかなく、みんなジェネレーターを買って自家発電をしてなんとか凌いでいるというような状況です。


グラウンドの土が盗まれる?

速水:そんな場所でサッカーのクラブチームを経営するというのは大変そうですね。

岸田:とても驚いたことがありまして、選手が練習するグラウンドをなんとか手に入れようということで土地の購入の交渉を進めていたのですが、今日お金を払って買いますという日に現地から連絡が来て、グラウンドの土がなくなってますと言うんです。なんと土を盗まれたんです。土地購入が決まったので、グラウンドの周りに塀を建てたんですね。そうしたら、きっと塀の中に何かすごい大切なものがあるんじゃないかと思って、泥棒が夜中に入ってみたら何もない。土しかなかったので、その土を盗んだという事があったんですね。

速水:そんなレベルから始めなきゃいけないサッカークラブだということですね。加藤さんが向き合わなきゃいけない問題は他にもたくさんありそうですね。

岸田:揉め事が起きたり、土地購入などで色々トラブルが発生するんですが、弁護士さんを使ったり、役所に行ったりするんですけれども、何も進まないんですね、そこでいろいろ調べてみると、それぞれの地域に王様がいるので、その王様の所に行けばいいらしいということがわかった。実際に行ってみると7ヶ月間進まなかった役所の仕事が5分で解決したりするんですね。

速水:ある意味わかりやすい社会ではあるということですよね。

岸田:ただ、いわゆる西洋的というか、近代的な考え方で、法律のことだったら裁判所に行こうとか、役所に行こうというやり方をしていると何も進まないので、一つ一つやり方を探るところから始まっていくような、日本の常識が一切通用しないような状況でしたね。


貧困から抜け出すためにサッカーを

速水:共同経営者のエバエロさんはどういう方なのでしょうか?

岸田:エバエロさんは22歳までイガンム地域のゲットーで育ちました。高校時代に周りの友人たちがギャングの襲撃に巻き込まれてたくさん命を落としたりしたことがあって、ここから抜け出したいと考えて22歳の時に国を出ました。そして、23歳から日本に来て仕事をしていて、今は家族も持って暮らしています。東海大学に進学をして、スポーツマネージメントの大学院まで出ていて、今日本からこのチームの運営に携わっています。彼がそもそもサッカーチームを作ろうと思ったのは、自分の育ったスラムで犯罪が多いのは、貧困から抜け出す手段がないことが大きな原因ではないかと考えたことがきっかけだったそうです。サッカーを通じて多くの若者にチャンスを与えたいということで、海外に出て活躍できる選手を輩出できるようなチームを作ろうと、このイガンムFCをスタートさせたということなんです。

速水:先程のお話のように、法律よりもコネが重要であるとか、一部の人だけが大きな力を持っているような国で、若者たちにチャンスを与えるというのは、簡単にはいかなさそうですよね。

岸田:サッカーも経済も非常にポテンシャルは高いんですけれども、外国人が理解不能な原理原則に従って動いているような状況があって、実際に外国資本の参入はものすごく少ないんですね。エバエロさんも加藤さんもここに目をつけたんです。競合が少ないし、みんな入ってこれないところだからこそ逆にチャンスがあるんじゃないかということで、今奮闘しているという状況です。

速水:実際に現状のイガンムFC の状況はどうなっているんでしょうか。

岸田:ポテンシャルの高い選手がいっぱいいるので、1~2年すればヨーロッパに匹敵するような選手が出てくるのではないかと期待して撮影を始めたんですが、3年経ってもチームの練習場の土地確保に振り回されてなかなかサッカーが始まらないという状況です。正直このまま撮影を続けていいのかどうかという不安もあったんですが、ようやく次の展開が見始めてきたかなという状況です。

速水:その次の展開というのはどういうことですか?

岸田:2019年の夏に大阪でワールドサッカーチャレンジという、12歳以下の選手による国際大会があったのですが、アフリカの出場枠にこのイガンムFCが打診を受けて、出場したんですね。それこそJリーグ有力チームの12歳以下のメンバーですとか、日本全国から予選を勝ち抜いてきたクラブ、それにバイエルンミュンヘンとかヨーロッパの有力チームも出てくるような大会で、胸を借りるつもりでこの大会に出場したんですが、あれよあれよという間に勝ち進んで、バイエルンミュンヘンに勝ってしまったんですね。もう蜂の巣をつついたような騒ぎになりました。
私は出場チームのセレクションの現場にもいたんですが、イガンム FCに12歳以下の選手が一人もいなかったので、打診を受けたところから選手を集めたんです。もう時間がないからということで、近所の小学生を河原に集めて、走らせて、400人くらいの中から15人を選んだというような状況だったんです。でもベスト4に進んで、 JFL という日本代表の育成チームにも勝って、最後は優勝するんです。監督も加藤さんもエバエロさんもみんなびっくりしたんですけれども、サッカーの解説者の人なんかは、戦術も分かっているし、とても楽しんでサッカーをやっていてすごく洗練されていると評価して下さったんですね。

速水:なぜそんな寄せ集めチームが戦術も理解して勝ち進むようなことができたのでしょうか?

岸田:彼らはサッカーは好きだけど、海外に出てプレーするようなチャンスは巡って来ないと思っていた。そんな状況で出場することになったので、一生に一度のチャンスだということで非常に力を発揮したんじゃないかなと思います。また、彼らには指導者もいないし、練習もままならないので、普段からYouTubeでヨーロッパのプレミアリーグやスペインのトップチームの試合を見まくっていて、路地裏でボールを蹴って練習するということをやっていたので、自然とそういうトップレベルの戦術を体得したんじゃないかという推測もあります。

速水:指導者が優秀なのかどうかという事は、ユース年代やそれ以下の年代にとってはとても大事だと思うんですが、彼らはテレビを見てトップ中のトップの戦術が頭に入っていたわけですね。彼らはそれを実現するだけの能力とモチベーションを持っているし、逆にいい環境ではないだけに、一流チームと戦うモチベーションの高さみたいなものがずば抜けていたんでしょうね。それにしても面白い話ですよね。

岸田:実はいま、この話を映画化しようということで準備をしています。サッカーの辺境と呼ばれる日本とナイジェリアの選手がサッカーのど真ん中に行って結果を出すという、今までの常識では考えられないようなことですよね。そんなところがポストコロナの時代の新しい常識を作っていこうという状況と非常に合うんじゃないかなと思っていて、そういうメッセージも込めて世に出していきたいなと思っています。

速水:つまりヨーロッパだけが先端を行くようなサッカーから、次の時代に新しい地域が発展し、そこから新しい動きが出てくるみたいな中の一つがひょっとしたらこのイガンムFCで、しかも日本という離れたところで経営者が活躍するという。そんなことが当たり前になっていく。そんなメッセージが受け取れるのかもしれませんね。非常に楽しみにしています。映画が完成したらまたぜひ番組でリポートしてください。


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