湯島の雑居ビルから始まったゲーム会社、シリコンバレーへ

2020年5月27日Slow News Report



速水:Slow News Report 今日は岸田浩和さんにリポートしてもらいます。今日伝えていただくのは、「湯島の雑居ビルから始まったゲーム会社、シリコンバレーへ」というタイトルなんですが、岸田さんが取材したゲーム制作会社の社長さんのお話です。どんな会社なんでしょうか?

岸田:2006年創業の芸者東京という会社で田中泰生さんという社長が率いています。田中さんは元々官僚を目指していたらしいんですが、ある時にそれは向いていないと考え、ゲーム会社に入ったそうです。その後独立して芸者者東京という会社を設立されました。2018年の12月にiOS のダウンロードランキングで世界一位になったゲームタイトル Snowball.ioを発表しています

速水:僕もさっきちょっとプレイしてみましたが、雪の玉をゴロゴロ転がしてぶつけ合うという誰でもすぐにできる、シンプルなスマホゲームですよね。

岸田:Snowball.ioはハイパーカジュアルゲームというジャンルのゲームになるんですが、同じジャンルではキャンディークラッシュというパズルゲームなんかはご存知の方も多いかもしれないですね


ちょっと前までは倒産寸前だった

速水:そんな世界1位になったゲームを作っている芸者東京という会社、岸田さんが取材を始めた当初はそこまで注目すべき会社だったんでしょうか。

岸田:現在はこのハイパーカジュアルゲームというジャンルで、アジア有数のトップ企業として頭角を現していて、 Google の本社のエンジニアやシリコンバレーのかなり有名なIT 企業の創業者とも直接やりとりをしているような状況なんですが、2018年取材を始めた頃は倒産寸前の状態でした。もう会社をたたむかもしれないということで、最後に自分達のやりたいゲームをひとつつくって、有終の美を飾れたら面白いよねという話を聞いて取材を始めました。

速水:潰れていく会社の取材のはずが、途中で急に方向転換されたという話なわけですね。

岸田:ちょっと予想外でしたね。そもそもこの芸者東京という会社は、世界初の AR ゲームですとか、ガラケー時代に「おみせやさん」という大ヒットタイトルを出していて、2010年頃は田中泰生さん自身がゲーム界の寵児とよばれていました。しかしその後スマホが一気に普及して、ソーシャルゲームというものが出てきた時にうまく波に乗り切れず、会社もどんどん沈んでいったんだそうです。

速水:本当に潰れる寸前までいったという話なんですが、色々資金繰りなんかも苦しい時代もあったんでしょうね。

岸田:無料のスマホゲームをダウンロードしてもらうためには、SNSなどのスマホに表示される広告を打って、それで見つけてもらって、ダウンロードしてもらって、初めてゲームの売り上げが立つのですが、資金が底を尽きそうになっていまして、ゲームのダウンロード数が伸びるのが先か、資金切れで会社が倒れるのが先かの瀬戸際のところでした。最後は田中社長自身が個人のクレジットカードも投入して、もう火事場の様相で作ったゲームを何とか市場にのっけるんだということでやっていました。

速水:そういうところも岸田さんは取材されていたわけですよね。

岸田:はい。クレジットカード会社の担当者を呼んで大騒ぎしているところもカメラを回しました。

速水:それが大逆転して、世界第1位の人気ゲームSnowball.ioが生まれる瞬間もカメラを持って現場にいたんですか。


世界一位になっても事務所は湯島の雑居ビルのまま

岸田:はい。1位だということで皆さん喜ぶのかと思ったら、意外とそうじゃなくて、もう本当に死線をくぐり抜けたというような状況で、社員も田中社長もただただ安堵の表情をしていたというのが忘れられません。

速水:その後、例えばオフィスなんかも六本木ヒルズに移りたいなんていう話はなかったのでしょうか。

岸田:その後もトップ3に入るようなゲームをコンスタントに出していたので、渋谷とか六本木とかにオフィスを構えることもできたと思うんですけど、田中社長的に言うと、逆にそれってちょっとダサいよねということなんだそうです。ですので、まだ湯島の雑居ビルのままですね。

速水:僕はもともとアスキーという会社にいた記者だったのですが、スマホゲームの成功者達を取材をしていた時期があるんですよ。5~6年前までくらいかな。ヒットすると物凄くお金が集まってきて、みんな六本木ヒルズに入ってたんですよね。それが一発で終わってしまう会社なんかもありましたね。その湯島のオフィスはどんな場所だったんでしょうか。

岸田:裏手に湯島天神の鳥居とラブホの看板が見えるというような、もう本当にカオスな状況の小さな雑居ビルですね。IT企業の事務所というのとは程遠いイメージなんですが、それまでいた事務所からも1/3くらいの大きさになって、本当に膝を屈めてスタートしようというような雰囲気を感じました

速水:今も同じ場所にあるんですか。

岸田:同じ場所でやっていますね。ただ、いまはもう4月以降ほとんどの社員が在宅勤務になっていて、田中社長と数名の社員だけがミーティングの時だけ出てきて、あとは全員在宅で仕事をしているというような状況です。


見てくれではなく、クリエイティブを育てるためにお金を使う

速水:僕も某スマホゲームで大ヒットした会社のエピソードを聞いたことがあるんですけれど、某日本の地方の花火大会を社員用にイベントごとそっくり買い取るというようなことがあったそうです。つまりスマホでヒットすると大金持ちになって、どこでもオフィスは借りれるし、何でもできるというような状況になると思うんですが、田中さんの会社はお金持ちになってからの変化ってありますか。

岸田:若い社員が今どんどん入ってきていまして、コロナ前はその社員をシリコンバレーのミーティングに同行させたり、ゲームのアイデア出しのミーティングをしようということで奄美大島や北海道で合宿をしたりとか、見てくれに使うのではなくて中身に作用するようなことにお金を使おうという雰囲気を感じます。

速水:社員全員を海外に連れてくって非常にお金もかかりますが、クリエイティブを育てるための投資であればお金かけるっていう事ですよね。

岸田:はい本当に実質的な考え方をされているなというのは感じます。

速水:一発当てたゲーム会社がその後、第二、第三のヒットを出すのは非常に難しいと思うんですが、それにはうまくいっているんでしょうか。

岸田:一つ目が出てからやっぱり少し苦労したという状況もあったんですが、約半年後に「トラフィックラン!」という2回目のナンバーワンタイトルを出しました。その後もコンスタントに当たりを出していて、ちょうど先週「充電パズルゲーム - リチャージプリーズ」という新しいタイトルが北米の無料ゲームランキング1位になり、昨日 iOS アプリ全体のダウンロードランキングで1位になったんですよ。Tik Tokとか Instagramなどの定番のアプリもダウンロードランキングには入ってくるんですけれども、それを押しのけて1位になったという、もう異例のランキング結果でしたね。


成功の秘訣は敏感に市場を追いかけることと人材登用

速水:岸田さんの目から見て芸者東京の成功の秘訣だったんでしょうか。

岸田:田中さん自身が過去の栄光とかプライドをかなぐり捨てて完全にゼロから始めたということがひとつあります。とにかく市場がすごいスピードで変化していくので、既成概念を持たずにその変化を見ていく。一度成功した方法にこだわらず、今どっちの方向に動いているんだというのを常に敏感に追いかけているというイメージがあります。
あと人材の登用もユニークです。最近1位になったゲームタイトルも2018のどん底の時に入ってきた20代の社員2人がタッグを組んで開発をして、そこに現役の大学院生のインターンが参加していました 。現在、芸者東京を構成している社員というのが、見学にきた高専生とか、ゲームのプログラムイベントでスカウトした無名のゲームオタク、ハッカーみたいな人、芸者東京に入るまではトラックの運転手をしていましたとか、化粧品工場で働いていましたというような、実力はあるけど普通は最前線には出て来れないような無名の 人達をどんどん登用しています。

速水:バリバリのエリートを大企業から引っ張ってくるのではなく、異色のキャリアの人たちがそこの会社で自分の役割を担い、ヒットのきっかけを作るような、非常にチャンスの大きい会社になっているわけですね。

岸田:田中社長が常々言っているのは、とにかく良いフォームを教える、いい投げ方、いい打ち方という基本形を教えて、後はどんどん打席に立ってもらって経験値を上げてもらうということなんです。田中社長が個人プレイで引っ張っていくというよりは、全員で勝てる 体制を作ろうとしているようなイメージですね。

速水:今回取材をしてきた内容はどんな形で世の中に出す予定なのでしょうか。

岸田:長編映画化を予定していまして、映画祭に出して配給受けてというのを今準備中です。

速水:そちらも期待しております。また新しい取材ネタを伝えに来てください。ありがとうございました。


 今すぐ聴く