東京五輪延期の余波と課題(後編)

2020年6月3日Slow News Report



速水:Slow News Report昨日に引き続き「東京五輪延期の余波と課題」というテーマで、朝日新聞の記者 西村奈緒美さんにリポートをしてもらいます。西村さんはオリンピックの延期に翻弄されている人々に取材をされているということなんですが、例えばどういう方々に取材されているんでしょうか。


せっかく聖火ランナーに選ばれたのに…

西村:ボランティアが決まっていたある大学生に取材をしました。大学4年生で1年延期になると社会人になってしまう、社会人になるとオリンピックに関われないのではないかという不安を抱いていましたね。しかし、原因がコロナウイルスなので仕方がないけど残念だなと言っていました。別の方は「将来の夢も諦めたくない、でもボランティアとしてオリンピックにも関わりたい」と言っていました。
私がお話を聞いた大学生や大学院生のなかには、何とかオリンピックと関わる方法を模索するために、例えば就職先として2~3年後に入社できるような会社を選んでみるとか、少しでもオリンピックに近い企業にトライしてみるとか、そういう取り組みをしていました人もいましたね。

速水:オリンピックにせっかく関心を持ったんだから仕事に繋げられないかということですか。でも実際、どこに就職したらオリンピックに自分が関わりたいように関われるのか難しいですよね。スポンサーをしている会社もありますし、メディアとして取材を通して関わるみたいな形もあるんでしょうが。

西村:ある方は直球ですけど、組織委員会に入れば引き続き何らかの形で関われるのではないかと言っていましたね。組織委員会のある方に取材したのですが、その方は長野県の職員だったんですが、長野県でオリンピックをやった時にはまってしまって、その後県の職員を辞めてオリンピックの各国の大会ごとの組織委員会に就職したんだそうです。四年に1回ずつ転職することになりますけれどもね。

速水:去年の NHK のドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺〜」なんかを見ていると、一喜一憂しながら世界を飛び回るみたいな仕事に憧れる気持ちもよくわかります。そして聖火リレーに参加する予定だったという方の取材もされたそうですね。

西村:聖火リレーは一万人の走者がいたんですが、私がお話を聞いたのは、青ヶ島という伊豆諸島の最南端にある小さな島の中学生です。人口も160人で、日本一小さな村と言われています。中学生が四人しかいないんですが、その四人のうちの一人が走者に選ばれています。人口が減っている村の状況を見て、村を PR することで村に来る人を読呼び込みたいと言っていました。

速水:その中学生の方は延期という話をどう受け止めたんでしょうか。

西村:いま中学3年生ですが、島には高校がないので、高校進学と共に村を離れないといけないんですね。ただ、大会組織委員会は引き続き走っていいですというようなアナウンスをしているので、「チャンスがあれば走りたい。そのためにも五輪は中止にはなって欲しくない」と言っていました。


オリンピックにはアスリート以外にも沢山の人の関わりが

速水:昨日の話だと、関係者も含めて来年の開催は難しいのではないかという話が出てきているという話もお伺いしましたが、西村さんが取材した中にはメダルのケースを作っている会社もあったそうですね。

西村:北海道にある20人くらいの小さな会社なんですけれども、北海道産のタモ材というバットなんかを作る強い木材でメダルを入れるケースを作っています。金銀銅の色が映えるように深い藍色に染めてあって、なおかつ直径12 cm 厚さ6 cmぐらいの丸いケースなんですけれども、底を平らにすることで立てても飾れるようになっています。スライド式にして見栄えを良くするとか、色んな技術が使われています。そのメダルケースを受け取った選手たちが世界中にまた戻って、日本の技術が伝わっていけばというようなことを言っていました。

速水:競技の数だけメダルがあるということは、何千個も箱を作らなきゃいけないわけですよね。

西村:今回は5000個作ると言っていました。

速水:これも来年に発注が伸びているような状況なんですか。

西村:すでに作り終えているので、納品が伸びているということですね。

速水:メダルのヒモなんかも作っている業者がありますよね。

西村:デザインなんかは視覚障害者の方でもわかるように特殊な加工を入れていたりとか、いろんな技術が投入されているみたいですね。

速水:ちゃんと木彫りの箱に入れられて、紐もちゃんと一人ひとりの思いがあるということですね。オリンピック開催するべきか中止するべきかというメッセージをたくさん頂いていますが、単純に中止する、しないの問題ではない部分がたくさん見えてきた気がします。
今回は東京五輪延期の余波と課題というテーマでお話を伺っていますが、後半は国立競技場をめぐる知られざる話です。


再開発が進む新国立競技場周辺

西村:国立競技場の南側に都営のアパートがありました。全部で10棟あって、最大で300世帯が住んでいたんですが、2012年に国立競技場を作り直すことが決まって、アパートの土地が敷地の一部になってしまったので解体されることになったんですね。

速水:今の新国立競技場は前のものよりサイズが大きくなってはみ出してしまっている部分に住宅団地がありましたよね。結構高齢者の方々が多かったと思うんですが、今どうされているんでしょうか。

西村:東京都は都内にある都営住宅に斡旋をしたのですが、ある女性は生活を変えたくないということで一番近い都営住宅に移っていました。ただ以前はお母さんと一緒だったんですが、この移転に伴うゴタゴタでお母様が亡くなってしまい、今は一人暮らしということでした。別の80代の男性も、別の都営住宅に奥さんと移ったんですが、奥様が亡くなってしまい、息子さんの家に身を寄せていると言っていました。

速水:高齢者が多いという中で、自分の人生の途中で予定が変わってしまった中で、これから違う場所に住んで生きていくということの大変さなんかもあると思いますが、中には1964年の東京オリンピックも含めて二度めの移転だという人もいるそうですね。

西村:そうなんです。人生で二度の立ち退きの理由がオリンピックと聞くと、五輪に伴う開発としてあるべき姿なのかどうか疑問ですね。

速水:オリンピックが街の姿を変えるタイミングになっているという一方で、そういう当事者からすると、素直にオリンピックを応援できなくなる部分もあるのかなと思います。みんなバラバラの都営住宅に引っ越さなければならないとなると、ご近所さんたちとも離れ離れになってしまいますね。

西村:そうですね。今は都営住宅の新設をやっていないということも関係しているかもしれないんですが、64年の時は近くに都営住宅が建てられたので、みんなでそこに入れたけれども、今回はみんなバラバラになってしまう。二度の立ち退きを体験された方も、やっぱり1回目と同じで、ちょっと受け入れられないと言っていましたね。

速水:都心の再開発の中で一番大きく変化する場所が実は外苑だという話も取材されているそうですね。

西村:国立競技場のさらに南側に、神宮球場とか秩父宮ラグビー場がありますが、これを建て替える民間開発の話が進んでいます。外苑地区は日本で初めて風致地区に指定されて、建物の高さが15 mという規制があったんですけれども、2013年にまさに国立競技場を作り変える話が出てきた時に高さ制限が80 mに緩和されました。今後さらに200 m まで引き上げられる可能性があります。今年1月に民間事業者が住民説明会を行ったんですけれども、やっぱり反対の声も出てきていまして、説明会に参加したある人は五輪が来たことで歴史ある街が変わってしまうというのは悲しいと言っていました。

速水:あそこは非常に面白い場所で、明治神宮が出来た時にその外苑として作られた場所で、道も広いし森もある。独特ですよね。

西村:そうですね。4列のイチョウ並木が有名ですけれども、非常に緑豊かな場所ですよね。

速水:ここが規制緩和されてタワーマンションがガンガン建つかどうかというのはこれからの話し合いになるということですか。

西村:そうです。今進められている事業者が発表した民間の計画も、完成は2035年と言われていまして、行政手続きもこれからなんですね。なので五輪を機に変わりつつあるところに関心を持って、必要であればどうあるべきなのかという議論につながればいいなと思います。

速水:東京オリンピックを機に何かしら新しい街づくりができていく時に、関心を持つのは必要ですよね。朝日新聞なんかでも西村さんは書かれてますよね。

西村:ある弁護士の方に取材したのですが、日本の再開発ってあまり情報公開も広くされず、事業者が役所に紙を出すと出来ちゃうみたいなところもあると。神宮地区はテニスコートがあったり、フットサルコートがあったり、市民の方がランニングもしてますし、スポーツに親しむ場所をですよね。そういう意味で、説明も住民にとどまらず、資料を広く公開していろんな議論につなげて、そのうえで納得できる形で進めるべきじゃないかなと思いますね。

速水:なるほど。今日は西村さんに東京オリンピック延期によって色んな人に影響を与えているんだというお話、そして街東京オリンピックを機会に変わりゆく街について、関わりみたいなものが必要なんじゃないかという気付きの話、お伺いすることができました。このテーマ、ちょっと機会がありましたら、改めて神宮どうなるの?っていうお話、東京の森のお話なんかもしてみたいと思います。西村さん、どうもありがとうございました。


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