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速水健朗

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沖縄の象徴 首里城の今

2020/7/29 (水)21:00
2020年7月29日Slow News Report



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速水:Slow News Report今日は「沖縄の象徴 首里城の今」ということで、現地沖縄から伝えてもらいます。沖縄在住フロントラインプレスのジャーナリスト当銘寿夫さんです。沖縄からお電話を頂いているんですが、住んでいらっしゃる場所が首里城に近い場所だそうですね。


一般公開は再開したが…

当銘:そうですね。首里城がある同じ那覇市の市内に住んでいます。だいたい首里城まで車で15分くらいのところです。

速水: GO TO トラベルキャンペーンが先週から始まっていて、沖縄の話題も取り上げられることが多いんですが、首里城有料区域の一般公開も再開しているそうですね。現地の様子はいかがでしょうか。

当銘:首里城自体は昨年の10月末に大規模な火災があって、正殿を含めて主要な建造物が7棟火災で焼失してしまったんですが、この6月中旬からまた一般公開が行われるようになっています。先週の連休に私も行ってきたんですけれども、正殿があった場所なんかは、瓦礫が一通りを片付けられていて、焼け落ちた瓦礫が所々に置かれていて、その様子が見学できるというような状態になっています。残念ながら、観光客の方は前のような多くの方で賑わっているというような状況にはまだなっていません。

速水:当銘さんは火災の直後にも現場に足を運んでいたそうですね。

当銘:そうですね火災の直後は首里城の公園に入ることはできなくて、龍潭池というちょっと遠いところから焼け落ちた様子を確認することができました。遠目で見ても焼け焦げた炭の匂いというのが伝わってきて、どれだけ大規模な火災であったかということが感じられました。

速水:火災直後の生々しい状態に比べると、今は瓦礫も片付けられているということですが、やっぱり匂いとか残っているんでしょうか。

当銘:匂いは残っていないのですが、龍頭棟飾(りゅうとうむなかざり)という、名古屋城でいうところの金の鯱をみたいなものが焼け落ちてバラバラに砕けてしまったのですが、そのかけらなんかが展示されていて、火災がどれだけ激しかったかということが見て取れるようになっています。

速水:再建はすでに始まっているのでしょうか。

当銘:今は再建の準備中みたいなところになりますね。首里城の正殿の前に大きな龍の柱が向かい合って立っていたんですけれども、まずはそこから補修していこうということで、9月を目安にこの龍の柱、龍柱を修復する作業を始めようと準備が進んでいます。

速水:じゃあ現場で見られる光景としては、再建が始まったというよりも手をつけ始めましたという感じですね。これから再建が本格的に始まると思うんですが、技術の継承みたいな話をよく伺います。とても繊細な技術が必要だということなんですが、その一つが瓦だということなんですよね。どういうことなんでしょうか。


首里城再建のポイント赤瓦

当銘:首里城を一度でもご覧になった方は赤い瓦や赤い建物の漆の色が強く印象に残っていると思うんですけれども、沖縄は赤瓦というものをよく使っています。首里城も沖縄独特の赤瓦をきれいに葺いて整然とした雰囲気というのを演出していました。一般の家庭でも赤瓦というのは使われてはいるんですけれども、首里城の場合は一般の家庭でやる工事よりもさらに細かくて、瓦を止める漆喰の厚みや幅も綺麗に揃えないといけないんですね。瓦に鉛筆でガイド線を引いて、この厚さでこの幅で揃えて漆喰を塗りなさいというような、そういう精度を求められる作業なんです。また、沖縄の一般の民家では屋根を葺くきに漆喰を2回塗るというのが基本なんですけれども、首里城は3回寝ることで微妙な色合いを調整して、色のムラが出ないようにというような、そういうところまで求められていたようです。

速水:去年焼け落ちた正殿は、戦後に再建されているものですよね。瓦はそのときに復刻されたものだったんでしょうか。

当銘:おっしゃるように、1945年の沖縄戦で一度首里城は完全に焼け落ちてしまっています。それからおよそ40年ほど経った1989年に、また改めて首里城を建て直しましょうということで、その際に昔の瓦がどういうものだったかというのを高齢の方に聞いてみたり、古文書をめくってみたり、そういうようなことをしながら、こういった瓦が使われていたんじゃないかというようなことを文献の中から確認して、当時の技術者の方々が追求していったようです。

速水:なるほど。一回失われそうになった技術を職人さん達が再継承し、さらに再々継承するということなんですが、これを実際にやろうとしている職人の方々はどういう思いなんでしょうか。

当銘:やっぱり一晩で首里城が焼け落ちてしまったということで、職人さんだけでなく沖縄県民や、沖縄にいらしたことがある方は非常にショックを受けたと思います。ですので、自分たちの大切なものをもう1回作り直すんだということと、もう一つは技術をもう一度自分たちで未来につないでいくんだという、そういう思いでこれから取り組んでいかれると思います。


【首里城再建で瓦づくりを担う島袋瓦工場社長のお話】
首里城の瓦は高温で焼くとリスクがあるわけです。無理やり今回はやったんですけどね。窯にも負担がかかるものだから、専用で1台、窯を潰す覚悟で焼いています。窯のクセもあるからね。


当銘:この方は沖縄県で2015年から首里城の中の女官居室という建物と、世誇殿という建物の瓦を作った島袋瓦工場の社長さんの声でした。

速水:赤瓦は非常に高温で焼くのが重要だという話なんですね。

当銘:そうですね。沖縄の赤瓦は沖縄県外の瓦と比べると焼く温度は低いんですけれども、首里城で使っていた瓦は独特のツヤを出す必要があるということで、通常の赤瓦よりは高い温度で焼かないとツヤが出ないんです。ですので、温度調整にかなり苦労されたようです。かつてと同じ赤を出すために土の配合であったり、焼く温度の組み合わせで、全部で40通りほど試して8000枚以上のサンプルを焼いたそうです。

速水:この赤じゃない、この赤じゃない、というこだわりの中で8000枚ですか!

当銘:沖縄の土を高い温度で焼くと溶けてしまったり、瓦としての機能が果たせなくなってしまうので、目指す瓦にたどり着くまでに1年弱かけたそうです。

速水:実用品としての部分、そして文化伝統の部分というものの両方を兼ね備えた製品として瓦を再現するという、非常に手間をかけているということなんですが、その正解の赤というのはどう判別するんでしょうか。


前回の修復時にも再現に苦労があった

当銘:この島袋瓦工場さん達が2015年に制作する前の段階の89年に首里城を復元しようといった時に、奥原崇典さんという水墨画家の方がいいらっしゃるんですが、この方が首里城の赤瓦作りをやりますと手を挙げられて、この方が歴史の専門の方に助言を得ながらこの赤だというふうにたどり着いて、それが基準になって他の建物でもこの色に近づけるようにということで瓦を作っていくことになりました。

速水: 89年の時の復元時もすぐ出来たわけではなくて、すごい時間をかけて再建したということなんですね。

当銘;そうですね。奥原さんはもともと使われたであろう瓦を復元するために、沖縄県内のどこの土を使っていたのかということを古文書などで調べられました。沖縄戦で沖縄にあった文書はほとんど焼けてしまっていたので、最終的に決め手になったのは東京に残っていた修復の文章でした。首里城は焼け落ちる前はこういうものだったんだというようなのが確認できて、それで復元作業がスタートしていくんですけれども、その中でもともとどこの土が使われていたのかなどもかなり研究して、そこの土を取ってきて温度調節を何度も何度も繰り返して、みんながこれだというような赤瓦にたどり着いたそうです。

速水:瓦一つとっても非常に徹底した再現を目指しているというエピソードなんですが、なぜここまで完全な復元にこだわるのでしょうか。

当銘:昔あったものを当時と同じようなやり方で復元するということで、その当時の技術や文化が確認できることになります。つまり自分たちの先祖がどんなことをやってきたかというのを確認していくことに繋がっていきます。そして確認した詳細な記録もまた未来に伝えていくことができるので、そういうところからも関係者は完全復元というところにこだわったということでした。

速水:首里城の再建は非常に時間がかかる作業だと思うんですが、どのくらいの目安で考えていればいいんでしょうか。

当銘:前回は1989年に復元作業が始まって、正殿が完成したのが3年近く後の1992年でした。今回は2022年から本格的な再建工事に入る予定で、政府は2026年中に正殿を完成させるという工程表を発表しています。

速水:現場はコロナウイルスの影響なんかもあったりするんでしょうか。

当銘:そうですね。やっぱりコロナショックで政府全体としても大きい財政出動しているので、首里城の再建に予定していた通りに工事費を回していけるかというところは少し気になるところです 。


沖縄の人にとって心の拠り所 首里城

速水:どんなに苦労してでも昔の人と同じように作るんだという、そこまでさせる首里城というのは、沖縄の人達にとってどんな存在なんでしょうか

当銘:一言で言ってしまうと、やっぱり心の拠り所だったなと私自身思います。ありきたりな言い方になってしまうんですけれども、やっぱり失って初めてその存在の大きさを実感したというか、やっぱり一夜にして焼け落ちてしまったという報道に接した時、私も何とも言えない喪失感を感じました。夜中の2時3時に焼け落ちていく姿を周辺の方は見ていたんですけれども、見守っている方の中には泣いている方もいらっしゃって、沖縄戦で一度消失して、また自分たちの目の前で消失していくというところはすごく大きい喪失感を感じましたね。

速水:メッセージを紹介したいと思います「文化も文明も科学も工業技術も本質的に同じ面がある。負の影響にあって辛くなって辞めるのは簡単。しかしいったん途絶えた人の知恵を再現するのはとても難しい。継続は力なりと言われる由縁」というメッセージです。文明文化みたいなものは失って改めてその重要さに気づくという話もありますが、これはいろんな意味がある再建ですよね。

当銘:そうですね。この復元に際して文化や技術をついでいくということは30数年前の復元でも経験してきたことだったので、ぜひ今回も職人さん達の技術や沖縄の人達の文化というものをもう一度つなぐような復元になっていけばいいなと期待しています。3月の末時点で沖縄県や那覇市などで合計で37億円分の寄付が集まっています。これは沖縄在住の県民だけではなく、沖縄県外の方々からであったり、企業であったり、多くの方から寄付が寄せられていて、もうすでに前回の修復工事費の半分を超えた金額が集まっています。財政出動が気になるところではあるんですけれども、そういったところも活用しながら早い再建というのを期待したいところです。

速水:今日は首里城再建のお話、フロントラインプレスのジャーナリスト当銘寿夫さんのリポートをお伺いしました。ありがとうございました。
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