普通の人がなぜか激化するのか

2020年9月22日Slow News Report


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速水:Slow News Report 今日のテーマは「普通の人がなぜか激化するのか」です。“自粛警察”なんていう、コロナ禍の中で怒りを過激に表す人が相次いでいるという話がありましたが、近所のあの人がそうかもしれないし、自分自身がなりかねないという感じている人もいると思います。なぜそうなってしまうのか、そうならないためにどうすればいいのかということを今日は考えたいと思います。お越しいただいたのは毎日新聞の編集委員 大治朋子さんです。大治さんは社会部の記者を経てワシントン特派員、エルサレム特派員などを経験され、アメリカ陸軍の従軍取材、そしてISの元戦闘員の取材などもされてきました。8月に『歪んだ正義 「普通の人」がなぜ過激化するのか』という本を刊行されています。この本ではなぜISのテロリストや戦闘員になったりするのかという話がたくさん出てくる一方で、普通の人が過激化するという心理的な部分の話が主なテーマになっているんですが、なぜこういう本を書こうと思われたのんでしょうか。


実際にあってみると普通の人なのに…

大治:イスラエルの大学院でテロ対策の研究をしようということで研究生活に入ったのがきっかけなんですが、その前に過激派の人たちや軍人もそうですし、日本での取材でも児童虐待とかいじめとか、そういう暴力を肯定する人たち、攻撃する側の取材をけっこうしてきたんですよね。その時になんとなくいつも覚えていた違和感みたいなものがあったんです。普通に話していると本当に普通の人なんですよ。普通の人の顔をしているんです。ところがじゃあ何で暴力なんですかと、そのポイントに入っていくと、その人の顔が正義で歪むような、そういう何か違和感を覚えるということが結構あったんですね。

速水:そもそも宗教の原理主義者だから宗教的な理由でテロリズムに走っているとかではなく、取材をしてみると彼らも普通の人であるという一面もあるわけですね。ただそこから変わる瞬間がある。そういうことに興味をもって、アカデミズムとして研究する立場なられたわけですね。

大治:そうですね。あの人たちは過酷な内戦を経験していてとか、あるいはいじめや会社のハラスメントも私自身は経験しているわけではないので、私が知り得ない状況があるのかなということで違和感を落ち着かせていたんですね。でもその研究生活に入って、テロリズムの心理という講義をやった先生がこうおっしゃったんです。「誰でも状況次第ではテロリストになる。テロリストの頭の中を知りたければまず普通の人の頭の中を見ていく必要があるんだ」と。これにちょっと衝撃を受けたんです。あの人たちが普通の人だとすれば、じゃあどうしてそういう風になっていくのかと。

速水:どうしてなんですか。

大治:正義というものは人によって様々で、100人いれば100通りの正義がある。あるいは200、300あるかもしれない。そういう中で、ある時点から正義というものが過剰になって歪んでいくわけです。私はこの研究で、まずどういうふうに正義というものを思い込み始めるのか、そしてどういうところから過剰になっていくのかというプロセスみたいなものを追いかけて、それを見える化する本を書いたら、もしかすると普通の人の話として普遍的に人の役に立つものになるのかなと思ったんですね。


自尊心と承認欲求

速水:イデオロギーとか宗教的な、いわゆる原理主義ではないところから人が豹変する。これは例えば“自粛警察”なんていうのが話題になりましたが、日本で暮らしているテロリストでもなんでもない普通の人たちが、ある時に自粛要請中に営業している飲食店に張り紙をしたり、他県ナンバーの車に傷をつけるみたいな過激なことをする。これもまさに関係してくる話でしょうか。

大治:その話はちょうどこの本を書いている時期に起きたので、その話も盛り込もうということで、東北大学名誉教授の大渕憲一先生にお話を伺ったんです。そもそも私達ってストレスがかかると、どうしてもいろんな感情を我慢する力が減っていく。特にああいう動きをする人達というのは元々ちょっと攻撃癖がある人、あるいはちょっと差別意識が強い人で、こういうものを日頃は蓋をしているんですよね。この蓋が心理学では認知資源とも呼ばれるんですが、これがストレスで減っちゃうんです。そうすると下に入っている感情がふきだしやすいということなんだそうです。じゃあ彼らはそういうことをすることによって何を得たいのか、ということを先生に聞きましたら、二つあるというんです。一つはやっぱり人を叱りつけるということで自分の自尊心をアップさせたいということ。これはコロナで自分が不安とか恐怖でへこんでいるその気持ちがアップさせたいというのがあると。

速水:自分たちの地元が脅かされていて、それから守らねばと、相手を叩いてもいい状況の中で自尊心を満たしているということですね。

大治:もう一つは、通常は人をむやみに攻撃すると逆に非難されるけれども、こういうような状況では逆に賞賛されるんじゃないかと考えるわけです。実際はそんな話は聞かないでしょうし、他の人がどう思っているかなんて分かりませんけれども、やっている人は「俺はいいことをやってやったんだ」と、みんなに感謝されるようなことをやったんだという承認欲求を満たしているわけですね。

速水:なるほど。先ほどのテロリズムなんかの話でも、同じような自尊心と承認欲求というメカニズムなんですか。

大治:そうですね。実際には失業したり失恋したりという割と身近な問題からであったとしても、やっぱり大義が必要で、要するに人を攻撃するということを卑劣な行為だと思いたくないわけですよね。そうすると自分の気持ちは余計に下がってしまうので。だから社会正義であるとか、そういう大義を掲げて、自分はその正義を全うする聖戦士なんだという位置づけをすると自分自身の自尊心が上がるわけです。

速水:今の話というのは地元の共同体の意識の話なのかなという気がしたんですが、ネットで不倫をした芸能人を叩くみたいなものも同じ感じがしますよね。

大治:これは私じゃないんですが、そういう書き込みをした人に実際に取材した人なんかの話では、やっぱり自分が仕事とかいろんなストレスでへこんでいるときについやってしまいましたと言うんです。それでちょっとした問題点に自分の正義を向けてすきっとするというか、批判することで自分自身のストレス対処にしてしまっているんです。

速水:普段だったら人を叱るなんていうことってなかなかでいないわけですが、そういう立場を見つけて、そこに乗じている部分があるわけですね。自尊心と承認欲求という言葉、なるほどと思いました。

大治:“いいね”の数字とか見えますから承認欲求が満たされるんですよね。あれすごく見える化されていますからね。


BASIC Ph

速水:非常にコントロールされているというか、あの仕組み自体が引き起こしている部分も非常に大きいかなと思うんですが、一通メッセージを読みたいと思います。「一番のストレスはなかなか帰省できないことと友達に会えないことをです。状況的に大丈夫だと思っても、田舎の実家ではご近所の目も気になります。帰ってくるなと親は言いませんが、迷惑かけそうで思い通りに動けません。発散方法はラジオかも」というメッセージなんですが、後半はストレスをどう自分で認知するかという話をしていこうと思います。大治さんがかかれました『歪んだ正義 「普通の人」がなぜ過激化するのか』本の中で、普通の人が過激化をすることを有効なテストで把握しようという話があるんですが、この BASIC Ph という考え方はどういうものなんでしょうか。

大治:これはイスラエルのテルハイ大学の心理学の先生が構築したストレス対処プログラムなんですね。六つの代表的なストレス対処プログラム( B elief:信念、 Affect:感情、Social:社会なもの・人とのつながり、Imagination:想像力、Cognition:認知、Physical:身体的なもの)があって、自分で日頃どういうことをやっているのかということを認識してみましょうと、そしてあなたが持っている力を引き出してみましょうというプログラムですね。

速水:これいくつか紹介すると、問題を先送りしたり諦めたりしてしまったりする、またはしがちであるとか、他人に助けを求めるかどうか、体を動かして忙しくするタイプかどうかみたいなことを18問応えたうえで、それぞれ配点を1から6で 計算をします。僕も実際やってみたんですが、僕の場合は一番配点が多かったのはAの感情、そしてもう一つがPhです。これは肉体や生理的なところで発散するということですね。ちなみに高いポイントをつけた項目でいうと、自分の感情に一人で向き合って、他人に相談したりしないんですよということなんですが、これはちょっとストレスを溜め込んでいるタイプなのかなと自分で思ってたんですが、それをすることでストレスに対処しているという考え方なんですか。

大治:世の中には社交的な人がプラス思考みたいな考え方もあると思うんですけど、人に喋ったりすることがストレスになる人もいらっしゃると思うんですよね。むしろ静かに自分で消化したいという人もいるでしょうし、つまり自分が何となく辛い時にやっていること、多分それがその人の対処プログラムなんですよ。人それぞれに正義があるのと同じように、人それぞれに辛い時に対処する方法があって、それを認識をしてお互いに支え合うということ、例えば、「今ちょっと閉じこもりたいのね。じゃあそっとしておいてあげるから」というようなことに使ってほしいという事みたいですね。


一人の人に複数のストレス対処法がある

速水:僕は今のA感情の配点が高いということで、自分のなかでうまく解決する方が向いているタイプであるということを自分で認識できるようなテストだと思うんですが、もう一つPh 肉体生理的なところのポイントも高いんですが、これは分かりやすく言うと運動で発散できるタイプも僕は持っているということですか。

大治:そうですね。人間ってつい頭で考えてしまいますけれども、体も考えているんですね。体を動かすことで頭を空っぽにしてバランスをとる人もいるわけなんですよね。そういう人にとっては、体が自動的にやってしまうような作業、例えばマラソンとかもそうでしょうし、お掃除でもなんでも、そういうものが対処プログラムになっている可能性があるんです。

速水:僕も車を運転する時って何も考えなくていいから、それが発散になると思うんですけど、これはPhですか。

大治:体を動かしているという意味では Ph でしょうし、もしかしたらその中で自分が何か空想をしていたりとか、ぼんやりだけれどもなんとなく自分の感情を自分で抱きしめるような感覚があれば、それはA感情だったりとか、一つの行動がいろんなものを含んでいると思います。一人の人が複数のそういう対処の方法を持っていて、試したことのない方法も試してみると意外に良いということもあるんですね。

速水:こういう心理テストで自分がどんなタイプかを知るよりも、こういうタイプがあって、それぞれの対処法が別々なんですよということは、自分自身にどう対処するかじゃなくて人と向き合う時にも使えますよね。

大治:そうですね。まさに“正義”とはどういうものなのかとか、自分にとってのストレスはどういうものなのかとか、自分自身を斜め上から見て、今言っている正義は行き過ぎてないか、あるいは自分のストレス対処というものを見誤っていないかということ。その延長線上に過剰な暴力というものもあるわけなんですね。ストレスにそれで対処しちゃっている人というのはいるんですよ。その延長線上にあるのがテロリズムだったりするんですね。

速水:この考え方って、自分のストレスに対してこの人はこう発散しているんだなというところを非常に冷静に見てますね。

大治:そうやって客観的に人や自分の状況を見える化して対処していくということ。やっぱり暴力が充満すると、そこの人たちの負荷になって非常に生産性も低下しますので、この考え方は非常に役に立つと思いますね。

速水:ちなみに大治さんの場合は、実はこういうことをやってみて自分のストレスが解消されたみたいなことってありますか。

大治:私は絵を書いたことはなかったんですけれども、たまたま大学院の時にボランティアをしていまして、痴呆のお年寄りと接する時に絵を書いたんですよ。これが意外に夢中になれて良かったです。私はもっと体を動かしたり、おしゃべりをしたりというのが好きな方なんですけれども、そういうイマジネーションの要素があるというのは意外でした。

速水:なるほど。今はコロナ禍でずっと家にいて、これまでの自分のストレス解消法では解消できなくなっていたりするケースに割と気づかなかったりする時に、この分類法を知っていつもと違った方法で解消してみようみたいなことは、ひょっとしたらヒントになるかもしれません。今日のお話に興味がある方『歪んだ正義 「普通の人」がなぜ過激化するのか』ぜひチェックしてみてはいかがでしょうか。本日は毎日新聞編集委員 大治朋子さんに伺いました。ありがとうございました。