イージス・アショアを撤回させた地方紙のスクープの舞台裏

2020年10月5日Slow News Report


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速水:今年6月、当時の防衛大臣河野太郎氏がイージス・アショア配備計画を撤回すると表明しました。実はこの急転直下の出来事は、秋田県の地方紙の決定的なスクープをきっかけにしたものでした。今日はそのスクープの舞台裏を記者の方に直接伺いたいと思います。秋田魁新報社会地域報道部長の松川敦志さんです。よろしくお願いします。イージス・アショア、要するに日本に飛んできた敵国からのミサイルを撃ち落とすシステムが秋田に配備されるかもしれないという話は、読売新聞が報じた2017年12月のことでした。この時は松川さんのイージス・アショアの知識ってどういう感じだったんですか。

松川:私は以前、全国誌で沖縄の支局に4年ほど勤務していたことがありまして、基地問題はそれなりに取材の経験はあったんですが、ミサイル防衛については全く担当外で全然わかりませんでした。最初は本当にアショアって何?というところから始まって、「ミサイルがよくわかる本」というような本を見つけて読み込んでみたり、ネットで色々「イージス・アショア」や「弾道ミサイル」について調べることから始めました。

速水:それをまず理解するところから始まったわけですが、どういう方針で記事にしていくということはあったんでしょうか。


ルーマニアのイージス・アショアは周囲5kmに人は住んでいないのに

松川:最初に我々が掲げたのは、できることは何でもやってみようということで、ぱっと思いつくところから専門家の人たちを色々と見つけては、秋田に置かれる意味や、イージスショアとは何かというインタビューをするところから始めました。そして国会でもイージス・アショアに関する議論が始まってきましたので、国会のあらゆる委員会、本会議を問わずイージス・アショアに関する議論は全て報じるということをやってみました。あと、山口県も配備候補地になっていたので、記者がそちらに行って現地のルポをしてみたり、結構力を入れてやったのは、イージス・アショアを開発したアメリカで日本の配備のことがどう語られているのかというのを、連邦議会の議事録を丹念に調べてみたり、向こうのシンクタンクがどのような議論をしているかということを調べてみたり、本当に何でもかんでもやっていましたね。

速水:なるほど。そしてこの何でもやるという方針から、地方紙としてはちょっと珍しいんじゃないかと思うんですが、海外取材も行ったそうですね。

松川:日本での取材が結構手詰まりになってきた部分もあって、そんな時にアメリカ軍が唯一世界で現に稼働しているイージス・アショアがルーマニアにあるんですよね。だったらどんなものか見てくるしかないだろうということで記者を派遣しました。でもそんなに簡単ではなくて、アポイントをとって実際に行くまでには半年近くもかかってるんです。

速水:行ってみて分かった事ってたくさんあったんでしょうか。

松川:はい。やはり現地で見るって大事だなと思うんですけれども、例えば向こうのイージス・アショアは半径5キロくらいのところに全然人が住んでいないような場所なんですよ。秋田の場合は半径5キロどころか、フェンスを隔てたすぐそこまで人家がびっしり建っているんです。甲子園に20回以上出場している秋田商業高校の野球部のグラウンドのフェンスを隔ててすぐに新屋演習場という感じでして、私たちの会社からも1 kmほどしかありません。窓からすぐ見える場所なんです。秋田県庁、秋田市役所も半径5キロ以内にありますし、秋田駅がほぼ半径5キロくらいの場所なんです。東京で言うと、イメージ的には汐留の浜離宮庭園みたいな感じですね。本当にすぐに近くまで市街地があって、ちょっとした空き地がありますよね。そんな感じです。ところがルーマニアのイージス・アショアは半径5キロには人が全然いないし、厳重に警備されています。現地の司令官にインタビューしたところ、弾道ミサイルを撃ち落とすためのミサイルを撃ちあげた時に落下物が想定されるので、一応安全に気を配りはするんだけれども、いちばんの安全策は家の周りに住宅を作らないことだと言ってるんですね。逆にこちらは住宅のすぐそばに作ろうとしている。そういうようなことがはっきり見えてきましたね。

速水:これはルーマニアに行かなかった、らひょっとしたらわからなかった話なわけですね。

松川:分からないですよね。特に司令官を含めて、向こうの人たちの肉声にあたれたことが重要でした。向こうのメディアの編集長は、秋田の状況を地図で見せた時に、これはこっちだったら暴動が起きるよと。大丈夫なの?というような反応でした。

速水:地元の方はどういう反応されていたんでしょうか。

松川:やっぱり最初はこれをどう受け止めていいのかなという感じだったんですけれども、配備計画が表に出て、防衛省の人達が実際に秋田に来て計画を伝えた時の説明がなかなかピンとくるものがなかった。なんでこんな場所に配備する必要があるのかということについて納得感がある説明がなかったんですよね。なのですぐに住民の間には反対の声が広がっていって、政治的なスタンス一切関係なく、自治会、町内会が配備反対を公式に声を上げるまでになりました。

速水:防衛省とのやり取りみたいなところはどうだったんですか。

松川:防衛省の記者クラブに我々は当時入ってはいないんですよね。秋田にとって軍事の問題というのは、基本的に身近な問題ではなかったので、それもあって防衛省への取材は基本電話でいろんなことを問い合わせるということしかありませんでした。防衛省に詰めている記者さんたちのような取材というのはなかなかできなかったんですね。ただ今になって思うと、逆にそれがかえって良かったのかなと思うんですけれども、防衛省の方々に密着して取材していると、どうしてもこの難しい問題を地元の人にどういう風に納得してもらって配備計画を進めるかという思考になると思うんですね。現に全国紙、在京メディアの新聞道というのはそういう風な書き方になっていました。ただ我々は地元の現場に生じているいろんな疑問や問題点を足がかりに、計画そのものを徹底的に検証するという報道をしていったので、結果的にはそれがこの配備計画の持つひとつの大きな特性を炙り出すことになっていったんじゃないかなと思っているんです。


調査報告書の数値におかしなところが

速水:イージス・アショアをどこに配備するのか、防衛省による候補地の調査結果のずさんさに気付いたのは松川さんご本人だったんですか。

松川:昨年の5月27日に現地調査を半年くらいやってきた結果の公表があったんですね。我々はこれを非常に注目して見ていました。というのは、安全性に問題はありませんよという結果が出てくるんだろうなという予想は当然あったんですけれども、どういう論建てでそれを言ってくるのかというのを注目していたんですね。実際に101ページの報告書を見て面白いなと思ったのは、秋田だけではなくお隣の山形や青森にある計20カ所の国有地と比較検討した上で、他の所は駄目だけれども新屋演習場だけは何も問題点がないからそこしかないということを証明するような報告書になっていたんですね。ところがさっき言ったように、新屋演習場というのはものすごく住宅地に近くて、住民の感覚からすればそこしかないというのはちょっとありえない話なんですよね。

速水:実際に調査報告書を見ていて、その中で一番問題になったのが山を見上げた際の角度の話でしたよね。

松川:101ページの中に17ページ分の注目すべき箇所がありました。そこは他の国有地の検討というタイトルで、先ほど申し上げた全20箇所を比較検討しているんですけれども、私はこれを見た時、隣に座っている内田君という若い同僚に「これは宝の山だぞ!ここを徹底的にやるよ」と言ったんですよ。新屋演習場しかないという論理を組み立てている条件を一つ一つしっかり検証していけば、この論理は崩れるんじゃないかと思ったんですね。それで報告書をファイルに閉じまして、それから毎日毎日持ち歩いて、暇さえあればパラパラめくって、いろんな疑問点をあぶり出す作業をしていたんです。ちょうど一週間経った時、6月3日でしたが、秋田県庁の記者室でそれを見ていた時に、男鹿半島というなまはげが住む山がレーダー波を遮るから、この場所については置けませんということが書いてあったんですね。そこには横から見た断面図が書いてあったんですけれども、山の高さを誇張して書いてあることは一目瞭然だったんです。ただ、その山を見上げた時に邪魔になるという角度が、どうも実際よりもかなり大きく書かれているんじゃないかなと思って、分度器で測ってみたり、あるいは高校生以来の三角関数というのを久々に思い出してサインコサインタンジェントみたいな計算をしてみたんです。そうしたら、防衛省は15°の角度があると言っているんですけれど、計算したところ4°なんですよね。どういうことかなと思って色々考えたけれども、分からないんですよ。それで、現地がちょうど車で1時間ぐらいなので、何か分かるかなと思ってぱっと行ってみたんです。ただ山を見上げただけだと15°も4°も違いがわかりませんでしたが、その時にちょうど太陽が山のほうに沈んできていたんですよね。それを見た時に、自分がいる場所の太陽の角度がわかるサイトがあったりしないかと思って、スマホで調べてみたら、カシオ計算機がうってつけのサイトを既に作っていたんです。早速自分が立っている場所の緯度経度をグーグルマップで割り出して入力してみたんですよ。そうしたらもう1時間ぐらいすると防衛省がいっている15°になるということが分かったので、1時間ちょっと待ってみたんですね。そうしたら15°の高さの太陽ってずっと山より高い場所だったんですよ。さらにカシオ計算機のサイトを見ると、もう1時間すると4°になるとなっていたので、せっかくだから待ってみたんです。結構ドキドキしながら1時間待っていたら、 4°の高さの太陽はその山とぴったり合ったんですよ。これは防衛省が言っている数字はでたらめで、私が計算で割り出した4度の方が正しいと思って、会社に戻って上司に報告したらですね、最初はなかなかちょっと信じてもらえなかったんです。「何を言っているんだ。防衛省という国の省庁が作っているものがデタラメなわけないじゃないか」と。それで 次の日に実際現地で測量業者にお願いして色々調べたら、やっぱり4°だとなったので、防衛省に質問のFAXを送って聞いてみたら、答えられませんという話だったんです。でも私たちは自信を持ってますので、これで書きますよということでスクープを書いたということですね。

速水:なるほどこれ今の話ポイントがいくつもありましたが、まず非常に長い調査報告書の中に、「ここには宝があるぞ」と気付いて、それを実際に掘り当てたということが一つ。もう一つは地元の土地勘という部分もあって、男鹿半島の山が強調されているんじゃないかと気付いた地元ならではの視点。そして高校の数Ⅱの教科書の知識を引っ張ってきて実際に計算されたという部分。その三つですかねポイントは

松川:そうですね。ここに至るまで1年半ほど取材してきている中で、「やっぱりこの配備計画はおかしいぞ」という感じがずっとあったんです。それがここに現れているんじゃないかという読みですよね。なのでそこは徹底的にこだわって調べました。


スクープ記事がきっかけで計画が撤回に

速水:記事が出た後はどうなりましたか。

松川:翌日がちょうど防衛省の人達が秋田に来て、調査結果について秋田市議会に説明をする日だったんですね。朝、会場に行ったらA 4判の紙がペラっと置いてあって、9箇所全部数字が違っていましたというのが発表されたんです。やっぱり地元の人たちにしてみると、ここしかないというのは嘘だったという話になるので、非常に反対の声が強くなり、それまで曖昧な態度でずっと来ていた知事や秋田市長も、これは認められないとなりました。次の月に参議院議員選挙があったんですけれども、ここも配備反対を訴える新人が予想を覆す勝利をしました。こんな状況になったので、イージス・アショアの新屋演習場への配備は無理だなと思ったのですが、ただ他のどこかにはするんだろうから、そこから報道第2ラウンドが始まるよねと思っていました。

速水:そこまで地方紙が何かを変えるみたいなことって、そんなになかったんじゃないですか。

松川:そうですね。ただ、報道している時に私がずっと思っていたのは、もし我々が心配しているのをよそに防衛省が実際に作ってしまって、何十年後かにそれが原因で事故が起きて地元の人が亡くなるようなことが仮にあった時に、2019年に我々が取材をしていることって絶対に後の世から検証されるよねと思ったんです。あなた達は本当に責任を尽くしていましたかと。そこに答えられないような生半可なことだけはするまいと思って、そこは徹底的にやっていました。ですのでこういう結果になって、一つ責任が果たせたなという感じはしています。

速水:なるほど。先ほどそういった状況が変化したところから第二ラウンドだというお話を伺いしましたが、“第二ラウンド”というのはどうこうことでしょうか。

松川:我々の予測では、秋田県内の他の場所を名指しして、計画を微修正してまたやるんじゃないかと思ってたんです。ところが今年6月になって急に河野太郎さんが「配備計画そのものをやめます」と言ったので、我々も非常に驚きました。

速水:予想外の結果で、第2ラウンドも終了ということになり、このプラン自体が撤回という非常に大きい政策変更になったわけですよね。地方紙の役割みたいなことを改めて知るところあったと思うんですが、これを受けて地方紙ができることって沢山ありそうでしょうか。


地方紙の役割

松川:東京の霞ヶ関、永田町で色んな政策というのが作られて実行されていくんですが、現場って往々にして地方にあるんですよね。いろんな事が進んで行った時に、現実とのギャップや摩擦というのが絶対あるんですよ。そこを丹念に見て、その政策の持つ妥当性そのものについて、に地方の側から刺されることっていっぱいあると私は思っています。今回はその一例です。ですので、今後もこういうことはどんどん日本中で起きていくと思います。

速水:最後にもう一つ、地方紙に限らず、人口減の中で新聞の部数が減っている状況で、メディアとしての役割がこれまで通りにいかない部分ってあるんでしょうか。

松川:今まで新聞、あるいはテレビの報道というのは、なんとなくいいものだという国民的な理解があったと思うんです。しかし、インターネットの普及でちょっと疑問に思っていた人たちの声がどんどん可視化されていって、我々にとってやりにくいのは確かです。ただそれって悪い方の変化ではないと僕は思っていて、より広い範囲の人達が納得できるような形で我々の仕事を理解してもらえるように、もっともっとわれわれも努力していくことでどんどん変わっていけると思うんですよね。

速水:今日は秋田魁新報のスクープということで、イージス・アショアの問題について、社会地域報道部長の松川敦志さんに伺いました。松川さんどうもありがとうございました。

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