未来の医療

2020年10月7日Slow News Report


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速水:今日は未来の医療、もしくはお仕事としての未来のお医者さんというテーマに触れてみたいと思います。お越しいただいたのは医師・医学博士 奥真也さんです。奥さんは新刊「未来の医療年表 10年後の病気と健康のこと」という本を書かれていて、この中で帯に“医療未来学”という言葉が出てきます。ちょっと耳慣れない言葉なんですが、この医療未来学とは何でしょうか。


医療未来学とは

奥:“未来学”という言葉は結構外国の学者さんとかでは使っている人は多いんですけれども、日本ではあんまり使ってる人は多くないかもしれません。

速水:テクノロジーがこういう社会をもたらすみたいなことを考えるものですか。

奥:そうですね。特に私はその中で医療にフォーカスをして、医療とか医学が今後どうなるかということを調べています。

速水:これは奥先生以外にはこういうことをやられている方って多くないんじゃないですか。

奥:そうですね、あんまり知らないですね。ドクターの方って自分の専門の領域に奥深く入り込んでいる人が多いので、医療全体とかを俯瞰してみるということはあんまりなさってない方が多いと思うんですよね。

速水:医療の未来を考えるには医療だけではなく、テクノロジーであったり社会のことなど、マスターしなきゃいけない項目が非常に多い感じを受けました。

奥:私自身医学部を卒業して、最初は東大病院で放射線科医をやっていたんですけど、そこからいろんな仕事をやりました。製薬会社、医療機器の会社、コンサルティング会社など色んな所を経験して、医学とか医療をいろんな角度から見る機会がありました。ですので、そういう経験がだんだん活きてきたんじゃないかと思います。

速水:それこそ今、投資先としてもこの先の医療機器であるとか、治療法であるとか、そういうところに注目しているのってお医者さんだけではないですよね。その方々の方がむしろ医療の技術の未来みたいな事に関心を持たれているわけですよね。

奥:そうですね。例えば証券会社でアナリストをやっている人とか、コンサルティング会社で色んな会社に未来の事業についてアドバイスする人とか、そういう人は結構よくご存知ですね。ですが、その人たちは医学には詳しくないので、実際に素晴らしそうに見える技術が本当に病院で使われるのかどうかとか、そういう“土地勘”みたいなものがちょっと足りない時もあります。私の場合、偶然に両方を持つことができたので、こういう本も書いてみようかなという気になったんですね。


ワクチンの開発は難しい

速水:医療の未来というと、本当に近未来だと思うんですが、コロナウイルスのワクチンの話も本の中で書かれていますよね。2020年7月31日の段階で26個の先行プロジェクトがあり、さらに139個後追いしているプロジェクトが出てきている。現在はさらに増えている可能性ありますよね。なぜこんなにたくさん同時に開発プロジェクトが存在するんでしょうか。

奥:皆さんちょっとピンとこないところなのかもしれないんですけれども、そもそもワクチンの開発って難しいんですよね。特に今回問題になっている新型コロナウイルス はRNAウイルスという、小さくて変異しやすいものなので、開発がすごく難しいんですよね。先程139の後追いプロジェクトがあるという話が出ましたけれども、そのプロジェクトの人から見ると、前を走っている26のプロジェクトは転ぶかもしれないなと思っているわけですよね。

速水:先にできちゃったら後からやるメリットはあまりないわけですよね。

奥:無駄金になっちゃいますからね。薬の開発の投資ってものすごくお金がかかるので、それは無駄金になっちゃうことが100%決まっていたらどこもやらないですよね。

速水:例えばビル・ゲイツがコロナのワクチンの研究所に投資すると言った時、一個二個じゃなくて10個に投資しましたみたいなことを言ってたんですが、10個でも少ないということなんでしょうか。

奥:そうですね。10個“も”やっていると思われたかもしれませんが、製薬とかいろんな企業を経験した人間からすると、10個“しか”やらないんだという感じなんです。本当に確実に当てようと思ったら、ビル・ゲイツさんも100個投資しなきゃいけなかったかもしれないですね。


医療への期待の高さが怖れをうむ

速水:新型コロナウィルスはここ半年の日本で一番大きい話題になっていて、皆さん関心を持たれている分野なんですが、一方で医療技術への高すぎる期待の問題、例えばワクチンができれば全て解決できるんじゃないかと考えてしまうという弊害もあるんですよね。

奥:そうですね。特にこの20年間って医学がものすごく進歩して、癌だとか色んな神経難病とかが治るようになりました。そうすると、一般の皆さんの期待値がすごく上がっちゃうわけですよね。そうすると新型コロナウイルスが流行っても、それで自分が死ぬようなことがあっちゃいけないだろうと思っちゃうわけですよね。期待値の高さが逆に、絶対にここで自分に何かふりかかってはいけないみたいなことになってしまって、それが恐れを呼んでいるということはあると思うんですね。

速水:怖がりすぎるのも医療への絶対的な期待度の表れ、それの裏返しという部分があるわけですね。

奥:もう完全に裏返しだと思っています。


テクノロジーと医療

速水:本の中ではAIの医師の話なんかも出てきますね。具体的には今ここから約10年後の2032年にAI 医師法が法制化されるという未来予測をされていますが、10年ってすぐですよね。

奥:そうですね。制度を作り変えるには、業界にいるお医者さんとか、周りの人のコンセンサスを得なきゃいけないし、法律も通さなきゃいけないし、厚生労働省をはじめ、いろんな省庁とも関係しなくちゃいけない。本当は1年後とか2年後にでもできたらいいのかもしれませんが、すごく時間がかかるんですよ。AI にしてもコンピューターにしても臨床現場にはもう実際入ってきているので、法律が追いつかなくなっている。そろそろ追いつかなきゃ法律と現場の差が大きくなってしまいます。

速水:現在の医師法では AI の導入が阻害もされる部分ってあるんですか。

奥:医師法って1948年にできた法律なので、コンピューターが全く世の中に存在しないような時から法律があるわけですよね。当然コンピューターと助け合ってやるべきだとは書いてない。ですからそこから作り直さなきゃいけないかなと思います。

速水:実際に医療現場に AI が導入されていくと、どの分野でどういう具合に変わっていくんでしょうか。

奥:私自身も放射線科医なんですけど、放射線科の画像診断とか、 CT やMRIの解釈をするとか、そういうところはすでにありますよね。

速水:人の目では見落としてしまうようなものを画像診断するのってAI が一番得意なところですよね。

奥:一例を診断する時間が人間のお医者さんの8000倍くらいですからね。正確さも追いついてきて、逆にAI方が正確になってきたりするので、そこはAI とかテクノロジーが一番活躍しやすい所です。

速水:一方で、医療の現場ってものすごく人手がかかって大変重労働だったりするという話を聞きますが、それを解決する手段としての AI はいかがですか。

奥:そこは当然 AI が活躍できる大きなフィールドだと思います。

速水:例えば日常的に入院患者の体温をウェアラブル機器みたいなもので測ったりするようなイメージですかね。

奥:そうですね。そう思っていただければいいと思います。

速水:入院患者さんが入院した瞬間にサーモメーターが体温を検知し、コンピューター上で全部管理できるようになると、現場の看護師さん、お医者さんの負担は相当に軽減されるわけですね。一方で問題も指摘されているんですが、事故が起こった場合の賠償みたいなことを書かれていますよね。

奥:今の医師法はコンピューターがない時代にできているということもあって、医療現場で起こっている事って基本的にはお医者さんが全て責任を持つことになるわけです。ところが、例えば真夜中に動いている AI のソフトがあったり、コンピューターが活躍する比率が増えてきているので、医師が全部責任を持っていられない面が出てきているわけですよね。そうすると、例えば自動運転の車が事故を起こした時、それは車のせいなのか、それを作った企業のせいなのかみたいなことと同じような問題が出てくるんです。

速水:車のメーカーも、中のソフトウェアは別の会社に頼んでいたり、それをユーザーが自分でフリーウェアで作られたをパッチを当てて改変していたりした場合、メーカーの責任なのか、ソフトウェアのメーカーの責任なのか、サードパーティの改変パッチをリリースしているところなのか、非常にここは難しい。自動車の自動運転は、技術的にはかなりのレベルでできるようになっていても、実施に現場に導入しようという話になった時に、問題が出てくる。医療も同じですか。

奥:全く同じだと思います。

速水:しかもこれは命に直結しますよね。まさにそこが後半のテーマ中心になると思うんですが、医療の世界どんどん進化し、治せる病気が増えていく。そうなった場合に僕はちょっと思ってしまうのは、お金持ちはそうだろうけど貧乏人はそうでもないんじゃないの?ということなんです。

奥:でも今まで歴史的に見て、例えばコンピューターなんかも出た時はものすごく高かったですよね。何10万円とかしたと思うんですけど、今はもう数万円で買えるようになっていたり、スマホもそもそもコンピューターだから1万円とかで買える。でも性能は昔より良かったりするわけです。医療技術に関しても、そうやってだんだん使われるようになってくると当然安くなってくるので、必ずしも金持ちだけが医療を享受できるということではないと思いますけどね。

速水:なるほど。お薬の話なんかも出てきますが、今世界的に開発費とかが高くなっていて、お薬代自体も高くなっているみたいな話も書かれていますね。これは過渡的なもので、どんどん普及していくと安くなっていくものなんでしょうか。

奥:例えば難病で、患者さんの数が限られているものなんかは規模の経済は摘要されないわけですが、多くの人が使うようなものについては当然安くなっていきます。また、ある病気に対する薬が出ても、それに対してもっといい薬が出てくるということが繰り返されるので、基本的に価格はどんどんひとつひとつの病気に関しては下がっていきますね。


未来の医師という職業

速水:医師というお仕事自体の話も伺いたいのですが、 医師ってお金が稼げる仕事の真っ先に出てくる仕事だと思うんですよ。これがどんどん AI が入り、技術が入り、テクノロジーによって価格も安くなってくると、今まで通り高収入が保証されるんでしょうか。

奥:医師の仕事の仕方も当然すごく変わってくると思うんですよね。この本でも書いたんですけど、大きく見ると今後は医療をクリエイトする人たちと実行していく人たちに分かれて、実行していく人達はやっぱり患者さんに寄り添うというような人間的なことがすごく重視されるようになってくると思います。そうやってお医者さんの仕事も機能が分解していくと思うんですよね。

速水:患者と寄り添うみたいな部分では、いろいろな悩みとか健康不安について聞きに行くような町のお医者さんみたいな医療施のニーズはこれからもあるということですか。

奥:そういう機能は当然これからも残っていくというか、大事になっていくというほうがいいかもしれません。ただ、今は治療してもらったり診断してもらったりする時は病院に行くというイメージを皆さん持っていると思うんですが、そこも変わってくると思うんですよね。家で診察されたり、薬も家に届けられたりとか、本当に必要なシーンでしか病院には行かなくなるようになると思います。すぐにはならないですけどね。

速水:その一つのきっかけが先ほどの AI ドクターだと思うんですが、本の中で AI 医師が法制化されるのが2032年と予測されていますよね。という12年後ということなんですが、今後医療の道に進もうとしている若い人たち対して、どうやって医療の道を目指していけばいいのかみたいなメッセージを最後にいただけますでしょうか。

奥:そうですね、やっぱり医学が変わってきているので、これから目指すような若い人たちもそういう状況を知ってほしいと思います。実は今そういう若い人たちに向けて、今後こうなっていくんだよという中でお医者さんやりたいのか、それとも他の仕事をしたいのかということを問いかけるような本も書こうとしています。

速水:その辺お伺いしすぎると本の中身に差し障ると思うんですが、イメージとしてはエンジニアの仕事に医療が近づいていくのか、一部はそうだけど全体ではそうではないのか、その辺のイメージをお伺いできればと思うんですが。

奥:医療というのは結構範囲が広いんですよね。今まで20世紀は病気になった人の病気を治すのが医療だったと思うんですけど、それがだんだん前段階の予防というようなところに広がっていくんですよね。

速水:昔は予防という概念が今ほど重視されていなかったという話なんかも出てきますが、健康を失ったら医者に行こうみたいなことがそもそも時代遅れになっていくんですね。

奥:そうですね。病気に対する考え方はガラッと変わってくるんだと思います。

速水:わかりました。医療を目指す人たち向けての本も非常に楽しみだなと思いました。今日は講談社現代新書から出ている本「未来の医療年表 10年後の病気と健康のこと」の内容を著者である医師・医学博士の奥真也さんに伺いました。今日はどうもありがとうございました。