「少年法の適用年齢引き下げ」について

2020年10月12日Slow News Report


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速水:再来年4月、成人年齢が18歳に引き下げられます。18歳は大人ということで、それに合わせて18歳、19歳の若者が罪を犯したらどうするか、そのルールも変わろうとしています。18歳も罪を犯したら大人扱いすべきなのか、今日はこのテーマについて、朝日新聞編集委員の大久保真紀さんと議論していきます。選挙権はもう18歳からとなっていますが、今度は成人年齢を18歳にする。それに合わせる形で、罪を犯した場合の処分も議論されているわけなんですが、まずどんな部分が変わるのかというところからお伺いしたいんですが。


少年法厳罰化の背景

大久保:そもそも少年法というのは健全育成が目的なんですね。罪を犯した少年を罰するというよりも、少年には可塑性があるということを前提として、教育機会を与えることで再犯を防ぎましょうということを目的とした法律です。これは二十歳未満が対象になっていたんですけれども、2015年に川崎市で中3の男の子が他の少年達に刺されたり、川で泳がされたりして亡くなるという事件がありましたね。この時の加害者のリーダー格が18歳でして、かなり残忍な事件だということで、当時自民党の政調会長だった稲田朋美さんが少年法改正を考えるべきだという発言をされました。それがきっかけで自民党の特命委員会が議論をして、年齢を引き下げるべきだという提言をまとめました。

速水:選挙権が18歳になるという話もこのあたりがきっかけだったというところがあるんですよね。

大久保:元々選挙権を18歳にするという話が出ていまして、民法の成人年齢も18歳にするという方向だったので、それと合わさって少年法の適用年齢も民法でいう成人年齢に合わせるべきではないかという議論がでてきたということです。

速水:実際のところ、犯罪を犯した場合の処分の年齢を引き下げろということに関しては支持されている部分もあるんですよね。

大久保:なかなかそこは難しいんですが、少年たちをよく知っている少年非行の現場に近い人たちは皆さんこぞって反対しています。例えば非行少年たちの家庭環境とかを調べる家庭裁判所の調査官の300人近い方々、或いは少年院長経験された方々が89人、少年審判を担当した元裁判官177人が反対声明を出しています。刑法学者も130人以上ですし、専門的に少年事件を扱ったり少年事件のことを知っている人達は反対と言っています。

速水:それが国民には伝わっていない部分がある気がします。

大久保:そうですね。そもそも稲田さんが少年法の改正を言い出した川崎の事件についても、実は今の時点でも16歳以上で故意に人を殺すような 事件の場合は、基本的に“逆送”といって検察官に送致をされて、成人と同じ裁判を受けるということになっているんですね。なので改正しなくても殺人事件を起こしたような16歳以上のお子さんは成人と同じような裁判を受けるということになっているんですよね。

速水:そもそも少年法厳罰化というのは2015年の川崎事件以前から既に進んでいた部分もあるということですか。

大久保:97年の神戸の酒鬼薔薇くん事件とかバスジャックとか少年の事件が相次ぎましたが、それで一気に厳罰化が進みましたね。


実は少年犯罪は減っている

速水:そういう法律の準備とは別に、少年犯罪が凶悪化しているんだという世論なんかも背景にあるんだと思うんですが、その辺は実際どうなんでしょうか。

大久保:実際は全く増えていません。少年犯罪も増えていません、むしろ減っています。例えば刑法犯で検挙された少年は2018年は3万人ちょっとなんですね。少子化で少年の数が減っていますから人口比で比べると、これは1000人で2.7人くらいの割合なんですけど、これは81年とか2003年の1/5というくらい減っているんです。

速水:激減してますね。

大久保:凶悪犯も減っていて、殺人事件も1/3とかになっていますね。

速水:なのになぜか僕らはものすごく凶悪な事件が増えてるんじゃないかと思っているところがあります。メールを読んでみたいと思います。「私としては現行法では甘すぎると考えていたので、少年法適用年齢引き下げは大賛成です。今、未成年者による犯罪は年々悪質化しており、成人同等またはそれ以上のものになっています。これまでの事件を見ていても、なぜその程度の軽い罪になってしまうのかモヤモヤ感が残ります。そろそろ成人同等のものにしなければ、いや少年法そのものをなくしても良いのではないかと考えます。それと同時に親への指導というものも必要ではないかと考えます。そのような人間にしてしまったのは周囲の環境が悪かったから。親の思想を一つで子供がどう育つかが変わります」という意見を頂いているんですが、これ数字で見るとまったくそんな根拠はないということなんですよね。

大久保:そうですね。実際の数字ですとまったく根拠がないというか、逆に事実誤認をしているということになります。2015年に内閣府が少年非行に関する世論調査をしたんですけど、少年の重大事件が増えていると思いますか?という問いに対して、増えていると答えた方がなんと79%なんですね。減っていると正しく答えた方は2.5パーセントしかいないという残念な結果なんです。

速水:何かそういう誤解を与えるような背景があるんですか。

大久保:昔から少年事件に関わっている調査官の方なんかにお話を伺いますと、やはりメディア報道の影響って大きいのではないかということなんです。かつては少年が凶悪事件を起こした場合、新聞やテレビで報道しても1~2日で終わっていた。ところが最近はワイドショーだったり週刊誌だったりで、センセーショナルであればあるほど延々やっていますよね。やっぱりその印象がかなり強いのではないかということなんです。その元調査官の方は「センセーショナルに取り上げすぎです」とおっしゃいました。

速水:もちろんメディアの報道もある。そして今は SNS などのネットに親和性が高いといいますか、一旦取り上げられたニュースをさらにそこでピックアップして起こるようなタイプの議論と凶悪少年犯罪が重なってしまうような背景などもあるのかなという風な気がしますよね。

大久保:そう思います。


18歳、19歳を厳罰化へ

速水:少年法改正これからどう変わる可能性があるんでしょうか。

大久保:法制審議会というところで法改正の中身を審議してきまして、9月9日に答申案が決まりました。元々は少年法の適用年齢を18歳未満にしてくださいという議論だったんですが、それ以外に自民党と公明党がプロジェクトチームを作って議論をした中で、公明党が引き下げには絶対反対だという姿勢を示しているということもあり、二十歳という条件は維持したまま18歳19歳に関しては厳罰化するという方向になりました。今までは16歳以上の故意に人を殺したような重いケースは検察官に送致をして成人と同じような裁判を受けるという形だったんですが、今後は18歳19歳に関しては懲役下限が1年以上の犯罪に関しては検察官に送致をするという内容になります。ですので、パンを盗んで、でもみ合って相手に怪我させた場合でも強盗になるんですけど、強盗とかそういったものも入るので、検察官送致されて成人と同じような裁判を受けるというケースは大幅に増えることになります。

速水:現状の少年法は更生のためのものという趣旨があると思うんですが、少年院なんかの現場では現行法で十分という意見が多いわけですね。

大久保:改正案の方向を決めた法制審の中でも、委員の方々の間では、今の少年法が有効に機能しているという考えは一致しているんですね。


厳罰化の前に被害者支援のしくみも必要

速水:一方で被害者の側を見てみると、看過できないところがあるから罰しろという話になっている部分もあるんですが、被害者の側に何かするべきという意見も当然ありますよね。

大久保:例えばご自分の息子さんを亡くされた方が加害者の少年に対して死刑にしろとか、大人としての責任を取るべきだとおっしゃることは、被害者遺族の方のご意見とするとまったくお気持ちはそうだと思うんですね。ですがその被害者の方々の気持ちには配慮しつつも、その少年を罰すれば更生できるかと考えた時に、なかなかそれが難しい。そしてまた厳罰化をしてしまうと、軽微な罪を犯した子達もそのまま切り捨ててしまうということになってしまうので、やっぱり社会的にみるとあまりよろしくないと思います。また被害者が厳罰化を主張する背景には、経済的にも精神的にも支援が足りない部分があると思うんですね。例えば民事事件で賠償を訴えて、認められたとしても相手に払う能力がなければそのままになってしまうというような、被害者がちょっと置き去りにされている現状がある。そういうところも社会がバックアップして、再犯防止や加害者の少年たちの更生を捉えていくということが大切なんじゃないかなと思うんです。

速水:少年犯罪の厳罰化進めることに対して、実際にその効果があるのであればいいんじゃないかという議論もあるんですが、どうでしょうか。

大久保:専門家の方々は厳罰化をすると再犯が増えるのではないか、あるいは18歳19歳の罪を犯しそうな少年に対して、新しい改正案では罪を犯すまで待っているというような状況になるので、犯罪は増えるのではないかと言っています。

速水:少年犯罪の中身も変わってきているんじゃないかなという気はするんですがどうでしょうか。

大久保:専門家の方によると中身はあんまり変わっていません。万引きとか自転車等の窃盗が5~6割、交通事故事案が3割、喧嘩や暴力や傷害が1割という感じなんですが、最近は痴漢とか盗撮が増えているそうです。やはり対人関係の回避型の少年が増えていて、引きこもりだったり不登校だったり自殺念慮があったりと、内向きの、反社会的じゃなくて非社会的な少年が増えているということを聞いています。

速水:ただ大事なのは、全体としては非常に激減しているという点だと思うんですが、厳罰化に代わる手段は何かあるのでしょうか。

大久保:先ほど言いましたが、被害者支援を充実させるということがまず一つあります。例えば賠償が認められたら国などの公的な機関が先にお金をその被害者に払い、取り立てを代わりにやるというようなことも考えられますよね。あるいは被害を受けたらすぐ弁護士が国選でつくとか。加害者には国選で弁護士が付きますが、被害者にはありませんので、そういったことも考えられるかなとは思います。私が取材をしてきて感じたのは、犯罪を犯した少年というのは現時点では加害者だと思うんですけれども、ずっと前を見ると社会の中では被害者だったのかなと思うんです。例えば家庭環境に恵まれないとか、家で虐待を受けているとか、いじめを受けているとか、そういう中で自分を認められていない子、あるいは大人を信頼できない子がすごく多くて、そういう状況で非行に走るケースがすごく多いんですよね。ですから、社会の中でそういう人たちが犯罪を犯す前に彼らの存在に気づいて、手を差し伸べていく社会というのが大切じゃないかなと思います。


速水:親の育て方のせいだと言う前に社会で包摂できる部分もありますよね。そもそも子供ってもうちょっと社会で見るものだというところに立ち返って、年齢云々で決めるものだけのものではない論点があるのではないかと今日は思いました。今夜は朝日新聞編集委員の大久保真紀さんに伺いました。大久保さんがありがとうございました。