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速水:今夜はカリン西村さんによるレポートです。テーマは「日産ゴーン事件 ケリー氏の裁判が始まる」。金融商品取引法違反などの罪で起訴された日産自動車元会長カルロス・ゴーン被告と共謀してゴーン氏の役員報酬を過少報告したとして起訴されている日産元代表取締役のグレッグ・ケリー被告、ゴーン会長の右腕とも言われていました人物ですが、そのケリー被告と日産自動車の公判が9月15日東京地裁で開かれました。ケリー氏は無罪を主張、なかなか遅々として進まない裁判手続きについてもずいぶん批判をしてきたということなんですが、公判の中でどんな答弁をするのか注目されています。カリンさんは初公判から傍聴に行かれているんですよね 。
西村:そうですね。私は記者として初公判から傍聴しています。世界中でゴーン事件に関心があり、私もいくつかの媒体のために特派員として活動していますので、その記事を書くために行ってきましたが、それだけではなく、個人的にも日本の司法制度とか裁判の状況などを勉強できると思って傍聴に行きました。
速水:なるほど。ゴーン事件そのものの関心だけではないところがあるわけですね。とはいえ、ゴーン事件はフランスでも関心は高いのでしょうか。
フランスでも関心の高いゴーン事件
西村:そうですね。事件の以前にもゴーンさんという人物はすごく批判された人です。ゴーンさんは日産でもルノーでもものすごい報酬をもらっていたからです。自分のポケットにはお金をいっぱい入れて、社員には最低賃金で一生懸命仕事をさせるのかと批判されていました。
速水:コストカッターとして、日本でも工場を閉鎖していくというのがそもそも彼の手腕の一つで、それは労働者から見ると、まあ自分はお金をもらっているわけだから、不満はありますよね。
西村:逮捕された時、ルノーの労働組合の代表はマスコミに「フランスがやってくれなかったことを日本がやった」と話していました。この人は悪い人なんだという意見がどんどん出て、ちょっと言い過ぎてるんじゃないかと思うくらいでした。
速水:ゴーン氏が逮捕された時、カリンさんは日本で取材もされたんすよね。
西村:そうですね。フランスのマスコミから、日産の工場の前に行って、そこから出てくる人の取材をしてくださいと言われて行ったのですが、誰も何も話してくれませんでした。
速水:そこで働いている人たちはなぜ話してくれないんでしょうか。
西村:自分にも悪影響を与えるんじゃないかという不安があったからだと思います。特に私は外国人の記者なので、どこでどういう形で放送されるかとかという不安があって誰も何も言ってくれなかったんだと思います。
速水:唐突だったこともあって自分が置かれている状況について上手く喋れなかったのかもしれないし、ひょっとしたら会社の方からメディアに喋るなという箝口令が出てたかもしれない。そこはちょっとわからないですが、フランスと日本では工場で働いている人たちの反応もずいぶん違うんですね。
西村:そうですね。文化の違いがここでも出てきたんだと思います。
ゴーン氏の右腕、グレッグ・ケリー氏の裁判が始まる
速水:裁判の話に戻りますが、カリンさんは初公判から傍聴されているんですが、この進み方のペースはどうなんですか。
西村:非常に遅いペースで進んでいます。細かい話が検察や証人の方でもあるので進まないですね。それでも非常に興味深い裁判です。今のところ、検察は集まった証拠を次々と見せていて、今まで見たことない文書や メールが明らかになっています。
速水:検察は大量にその根拠になる資料をここで初めて出してきているわけで、これ自体ものすごく重要な証拠を見れるわけですよね。
西村:そうですね。大沼さん、ゴーンさん、あといくつかの人物の間にどんなやり取りがあったのか、なぜそのやりとりがあったのか、元々ゴーンさんは年間20億円の報酬がありました。法律が変わって2010年からそれを公表すべきだったんですが、ゴーン氏はそうなるとフランス政府が怒ると思っていました。フランス政府は日産のパートナーのルノーの株主なので、日産でこんなにお金をもうけるのはおかしいとの批判を恐れていたゴーンさんは、報酬を半分だけを公表したいという話になって、どうやってそれを半分にするかという方法を何人も考えたということです。
速水:いかに資産を隠すか、報酬を隠すかという意図がゴーンさんにあったということが証拠の中ではっきりしてきているわけですよね。大沼氏という名前も出てきましたが、元秘書室長の大沼さんご自身も証言台に立っているわけですよね。
西村:今日もそうだったんですが、大沼証人が検察の質問に答えている段階です。
速水:ゴーンさんは海外に逃亡中なので直接裁判には参加しないわけですが、今回の裁判の目的はケリー氏が実際にどう関与したかという部分なわけですよね。そこに関しては明確なものって出てきているんでしょうか。
西村:いいえ。今のところ、ケリーさんはなぜここにいるかという疑問があります。裁判の中で名前はそれほど出てこないし、本人がサインした文書なんかも今のところ何も出ていません。ときどき報告を受けて、「はい了解しました」みたいな話は出てきますが、ケリーさんはそれ以上このプロセスに参加した人物というイメージは出てきていません。ただ裁判は来年の7月まで76回と長いんですよ。
速水:びっくりしますね。76回!
西村:だからゆっくりゆっくり、本当に細かいところまで話しているし、これからたくさんの他の証人が出てきますので、どんどんやり取りとかが明らかになるはずです。
速水:その時ゴーン氏はどう反応するんでしょうか。
西村:ゴーンさんは無罪判決が出ても有罪判決が出ても利用すると思います。無罪である場合は「私が無罪であることが明らかになった」とマスコミに言うでしょうし、もしケリー氏が有罪になった場合は、日本の司法制度では起訴されたら全員有罪必ず有罪になると批判するでしょう。
日本とフランスの裁判の違い
速水:なるほど。後半はカリンさんが外国人記者としてみた日本の刑事裁判というテーマ でお話を伺いたいんですが、実際に裁判に行ってみて、やっぱりフランスとの違いは感じますか。
西村:そうですね。いろんな違いがあります。日本では記者の人数や傍聴できる人数がすごい制限されているということもありますし、弁護人や裁判官、証人とか話す順番も違うし、全体の雰囲気はやっぱり全然違いますね。
速水:一番の違いは何でしょうか。
西村:弁護人ですね。弁護士の話し方やその役割の考え方が全然違うと思います。フランスの弁護士は無罪を目指して被告人を守っている立場で、ものすごい目立つ役割です。話すのも上手いし、体全体を使って話してますね。それに比べたら日本の弁護士は静かですよね。
速水:例えば証拠を中心に論理的に責めるから静かだとかということでもないんですか。
西村:事前に文章を用意して、それをちゃんと読むのが目的なんですね。それでももっと心を込めて話して欲しいと私は思ってますが、ただ日本の弁護士が目指しているのは無罪よりも刑罰を軽くすることではないかと思いました。
速水:フランスでは情熱的に説得することで無罪を勝ち取ることが弁護士の仕事であると。
西村:そうですね。無理かもしれないけれども、前提としてそれを目指しています。
日本の裁判はもっと“見せる”ことに意識を
速水:決められた段取りで裁判をすすめるというのが日本では行われがちなんだよということだと思うんですが、ケリー氏の裁判なんかも回数が多くて、段階を踏んで細かくやっていくみたいなお話でしたね。
西村:細かすぎるかもしれないですね。傍聴する人は途中で聞いたら話は全然分からないと思います。また、証拠が紹介されていてもどこに座ってるかによって見えないことがあるんです。
速水:カメラで証拠を映したものを、もちろん裁判官やそこにいる弁護士、検事なんかは手元にモニターがあったりするんですけど、傍聴席でも見れるんですか。
西村:横の壁にある画面で見えるはずですが、後ろの方に座ったら全然読めないんです。今回の裁判は文書が主な証拠なのですが、読めないので内容も分からない。そこはちょっと疑問がありますね。
速水:裁判を公開でやっているということは、ここでやっていることは公明正大に皆さん知る権利がありますよということなんですが、そこにいる人たちに平等に伝わる努力みたいなことはもうちょっと考える余地があるということですよね。
西村:そうですね。例えば殺人事件の裁判に行くと、現場の写真は見られないんです。裁判官、弁護士、関係者は画面で見ることができますけれども、傍聴者にショックを与えないようにということで、意図的にその写真は見せてくれないんです。それでは公判と言えるのか疑問がありますね。
速水:例えば証拠の中に残酷な物があったとしても、そこにいる人たちというのはある程度覚悟して行っているんだから、ちゃんと透明性を持って見せた方がいいよということですね。
西村:殺人事件の裁判に行く時に、殺人の話であるというのは事前に知っているので、それでショックを受けるということは無いと思うんですね。
速水:一般に関心を持たれることで制度って随分変わるのかなと今の話を聞いて思ったんですが、みんな裁判をもっと見た方がいいですよね。
西村:そうですね。やっぱり成人だといつか裁判員として選ばれる可能性はあります。 だから事前に傍聴者として行ってみたほうがいいと私は思っています。いろんな社会のことも勉強できますしね。私も子供がもう少し大きくなったら必ず連れて行こうと思っています。
速水:日本の裁判に“見せる”ということの意識が出てくると、ひょっとしたら変わっていくのかもしれないと思いました。今夜西村カリンさんによるレポートいただきました。ありがとうございました。