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速水:今日は、日本は今新型コロナウィルスではない、別のウイルスにも苦しめられている人がいるという内容です。お越しいただいたのは3度目の登場になります、日本農業新聞の立石寧彦さんです。今回は養豚業を巡るリポートということなんですが、その苦しめられているウイルスが豚熱。豚熱という言葉って正直あまりピンと来ないんですが、これまで豚コレラという言い方があったと思うんですが、豚熱と豚コレラは別物なんでしょうか。
26年ぶりに発生した豚熱
立石:豚コレラと豚熱は全く同じものです。豚コレラというのは日本では100年くらい前に見つかったと言われていまして、当時は英語で「ホッグコレラ」という名前だったんです。それが国際的に「スワインフィーバー」という名前に変わってきたんです。ホッグもスワインもどちらも英語では豚という意味なんですけれども、フィーバーというのは熱という意味です。それで豚熱という名前になったわけです。コレラは人にとって非常に怖い病気として知られていますが、「豚コレラ」という名前だと、もしかして人間にうつるんじゃないかというような誤解を生じやすいということで、国が風評被害を防止するために今年の2月に法律を改正しまして、名称を国際的な「豚熱」という言葉に揃えたということになります。
速水:これは国際標準の言葉ということで、人間にはうつらないよということなんですね。
立石:そうですね。食べても問題はないということです。
速水:それが今、養豚業を脅かしているということなんですが、どういうことですか。
立石:2018年の9月に国内では26年ぶりに発生したんですね。そうすると発生した養豚場は全ての豚を殺処分しなければいけないということになっていまして、鳥インフルエンザなんかと同じなんですけれども、それがまだ2年経ってもおさまっていないという状況なんです。
速水:一頭でも感染した豚がいたら殺処分って非常に厳しいなと思うんですが、これはどうしてなんでしょうか。
立石:とにかく感染力が非常に強いということに尽きると思います。この病気にかかってしまうと、もともとコレラと呼ばれていたくらいなので、すごくたくさん豚が死んでしまうという病気です。すごく熱も出るし、餌を食べても成長しにくくなってしまうとか、色々経済的に非常に大きなダメージがあるので、他の豚にうつらないように全て処分するということが決められています。
ワクチンは万能ではない
速水:ただ、2018年から、例えばワクチンとか対策が打たれているわけですよね。
立石:そうですね。ちょうど去年の10月ぐらいからワクチンの接種を始めたんですけれども、ただワクチンも万能ではなくて、打っても8割ぐらいの豚にしか効かないんです。2割は抗体を持たない豚ができてしまう。あとは生まれてきた子豚が無防備になってしまうという弱点がありまして、そういったところをカバーするためには人間でいうところの手洗いうがいみたいな、とにかくウイルスに触れさせないという作業が必要なんです。
速水:豚に手洗いをやらせるということではないですよね。
立石:飼っている環境をきれいにするという意味です。豚舎の中に外からウイルスが入らないように、例えば長靴は入る前に履き替えるとか、手袋も含めて衣服とかそういったものも全て消毒するなどということですね。
速水:出入りする人間が持ってきてしまうことに対して対策するということですね。
立石:あとは豚を動かす時にも床を歩かせずに台車に乗せて動かすとか、そういったところを気を付けるということになります。
速水:そこまで対策して、ワクチンを打っても、まだうつることがあるということは、ものすごく感染力が強いウィルスということになりますよね。
イノシシへの感染が問題
立石:一番の問題は野生のイノシシにウィルスが定着してしまったということなんです。
速水:イノシシには豚熱はうつるんですね。
立石:うつります。元々豚ってイノシシから品種改良してできたものですから、遺伝的にはかなり近いものだと考えていいと思います。
速水:となると野生のイノシシが養豚場に近づかないような対策もされているんですか。
立石:柵とか、あるいはカラスなんかがイノシシの死骸を食べてウイルスを持ってくることもありますので、防鳥ネットをつけたりとか、いろんな対策はしているんです。
この2年で17万頭の豚が殺処分に
速水:先程、一頭でも感染した殺処分という話がありましたが、これまでに殺処分された数はどれくらいなんでしょうか。
立石: 2018年9月以降になりますけれども、59例の発生がありまして、全部で17万頭の豚が殺処分になっています。
速水:この数はどうなんでしょう。全体の数から見て多いのか少ないのかどうなんでしょうか。
立石:国内全体で飼われている豚は900万頭以上いますので、17万というとそんなに大きくないかなという感じもあるんですが、ただ一軒の農家さんが飼っている豚は多くても2万頭くらいの数になります。数百頭から飼われている農家さんいらっしゃいますから、個別の農家さんの経営という意味でいうとすごく打撃が大きいと思います。
一通メッセージを読みたいと思います。「殺処分に関わった人は該当するものを食べられなくなるほど辛いらしいです」ということなんですが、つまり業者さんの精神的なダメージもすごく大きいということなんですね。
立石:やはり豚も出荷間際になると100 kg 超えてきますので、かなり大きなものですよね。そういったものを殺処分するには、自衛隊の協力も得ながら、相当の苦労を持ってやっていらっしゃるということになります。また、豚も周りがどういう状況になっているのかというのは分かりますから、そういったところでなるべく苦痛がないようにやるんですけれども、まあ生き物を殺めるというのは非常に苦しいことかなと思いますね。
速水:対策はもちろんするんですが、とはいえ万能な対策法があるわけではないというところがなかなか難しい。対策したたからうつらないというものではないというのは、今の僕らが経験している新型コロナウイルスの状況と結構似ているのかもしれないですね。
立石:そうですね。本当にちょっとした対策のミスというか、隙間があるだけでかかってしまう可能性があるんです。
速水:豚熱は2018年に26年ぶりに発生し、今年1月には沖縄県で発生。その後9月26日に群馬県で半年ぶりに確認されたということなんですが、10月10日の日本農業新聞で記事が載っていますね。「全農場一斉点検へ」という中で、群馬県の山本一太知事が「油断があったのではないか」という指摘があった、そのことが記事になっていますが、こちらはどういう状況なんでしょうか。
立石:現状27都府県でワクチンは打たれているわけなんですけれども、ワクチンだけでは防げないよというのは先ほどご説明した通りでして、油断はしないようにと常々呼びかけられてはいたんですけれども、やはりワクチンを打ったということである程度心理的に余裕ができてしまって、そこを突かれたんじゃないかというようなことを知事はおっしゃっていたということになります。
豚熱が広がっていくと豚の安定供給に影響が
速水:今後感染が広がっていくと、どういう困ることが起こると考えられるんでしょうか。
立石:豚の安定供給というところが不安定になってくるかもしれないという懸念がありますね。結局ワクチンを打った豚というのは感染した豚と区別がつかなくなってしまうので、生きた状態でワクチンを打ってない県に出せないんですね。繁殖用の豚というのがいまして、日本人の好みに改良されてきた豚がいるわけですけれども、そういった親豚を育てている農家さんにお届けできなくなってしまうということがあるんです。
速水:そうなった場合に、例えば海外から種付け用の豚を輸入してくるみたいなことにもなる可能性があるんですか。
立石:そうですね。もともと海外から入れてきているのは多いんですけれども、ただその頻度が高くなればコストも上がりますし、もっと言えば海外の豚も病気にかかる恐れはあるわけですね。アフリカ豚熱という似たような名前でちょっと違うウイルスがあるんですけれども、先だってドイツで初めて発生してしまいまして、そうなると今度はドイツから豚、豚肉は輸入できなくなってくるんですよ。ですので海外に頼ると、やはりそちらからも入ってこなくなった時のリスクというのはありますね。
速水:人間も国境を越えての行き来がすごい増えていることと今の新型コロナウイルス蔓延のスピードって関係しているという話もあるんですが、海外から豚を輸入するとなった場合に、国内に未知のウイルスを持ち込むというリスクももちろんありますし、色んなリスクがありそうですよね。
立石:本当に意外な事なんですけれども、空港で検疫をすると、肉を持ち込んじゃダメだよと言っても、例えば中国の方が生の餃子を日本に持ち込もうとして没収されたというようなこともあるんですよ。昔日本でもよくおふくろの味とか言っていたと思うんですけれども、やっぱり海外に住んでいる自分たちの家族に家庭の味を届けたいと思っちゃういますよね。そうすると生の肉というものを持ち込もうとする件数というのは少なくないようなんですよ。
速水:普通に考えると生の肉を持ち込むシチュエーションなんてあるのかと思うんですけど、そういうことはありえますね。そこから豚熱がうつる可能性があるとしたら、どういう経緯を経って養豚場まで来るのでしょうか。
立石:野外でバーベキューなんかをした時に、食べなかったものをそのまま野外に捨ててしまうと、そこにイノシシが来て感染しちゃうと。そういったものが養豚場に何らかの形で入っていて、それがなくならない状況が続いていると言われていますので、もう本当にちょっとした油断が大きなことにつながってしまう可能性があるんです。
速水:先程26年ぶりというお話でしたが、これはやっぱりどこか他から持ち込まれた可能性が高いということですか。
立石:いろいろ遺伝子の配列とかを調べると、数年の間で中国のほうで見つかったウイルスと非常に近いということはわかっていますけれども、どこから入ってきたかというのは分からないですよね。
まずはイノシシの感染を食い止めないといけない
速水:もちろん油断があったのかもしれないし、そこに対する対策を怠らないことも大事なんですが、今後想定できることをお伺いしたいんですが。
立石:まずはイノシシの感染というのを何とかして食い止めないと、野外にずっとウイルスがいる状況になるので、それを動物や人が農場に持ってきてしまうということは可能性としてはなくならないんですよね。
速水:最後はこれまで豚熱の取材を通して感じたことがあればお伺いしたいんですが。
立石:60年位前には養豚をされている方って国内に100万件いたと言われているんですよ。それが今はですねもう4000件ちょっとです。今残っていらっしゃる方というのは、生活に常に豚がいたというような方々が多いんです。飼っている豚が殺処分になってしまったという方がいらっしゃったんですが、その方は鳴き声のしない豚舎なんていうのはちょっと怖くて行けないと言っていました。もちろん将来的に収入という部分もありますけれども、それ以上に、やっぱり生き物を飼っていくというのは普段の日常になっていて、それが奪われてしまったんだなと感じました。
速水:豚熱の対策を重ねる事でコストが上がる。コストが上がれば上がるほどビジネスとしては余計に養豚から離れていってしまう人が増えていく可能性もあります。これも恐ろしいことですよね。
立石:養豚は本当に重労働です。匂いだとか、そういったものも大変ですし、かなりの数を飼いますので、そういったところでも労力がすごくかかるんですよ。そういったところには、お金はかかってくるんですが、自動で豚舎を掃除してくれるロボットも今国内外で開発が進んでいますし、さらにきれいで安全につくれるようにという技術はどんどんと進歩はしています。
速水:今夜は日本農業新聞の立石寧彦さんに伺いました。日本の農業を守るということは、経済的な部分で外部から守るということでよく使われがちなんですが、経済だけではなくてウイルスからも守るみたいなレベルでも考えなきゃいけないテーマなんだなと思いました。立石さんどうもありがとうございました。