非正規労働者の格差をめぐる判決

2020年10月28日Slow News Report


 今すぐ聴く 


速水:今日は今月に入って最高裁判決が相次いだ非正規労働者の格差をめぐる判決について、フロントラインプレスの藤田和恵さんに伺いたいと思います。今月非正規労働者の待遇をめぐる2件の注目すべき裁判が行われました。一つは東京メトロ子会社の元契約社員と大阪医科薬科大学の元アルバイト職員がボーナスや退職金がないのは違法だという裁判です。そしてもう一つは日本郵便の非正規雇用者たちが扶養手当を求めた裁判なんですが、この二つの裁判の結果はどういったものだったんでしょうか。


明暗が別れた非正規労働者の待遇をめぐる判決

藤田:簡単に結論を言いますと、一つ目の東京メトロの子会社と大阪医科薬科大学の裁判は非正規労働者側の逆転敗訴、もう一つの方の日本郵便の裁判は非正規労働者側の全面勝訴だったんですね。判決はそれぞれ13日と15日にあったんですが、いずれも最高裁の上告審判決でした。

速水:結果が真逆なんですが、細部を見ていくと違いがあるわけですよね。

藤田:そうですね。一つ目の裁判は退職金とボーナスの支給をめぐる争いだったんですね。退職金について判断を求めたのは東京メトロの子会社であるメトロコマースという会社で、駅の売店で働いていた契約社員の女性達だったんですね。そしてボーナスについて判断を求めたのは大阪医科薬科大学のアルバイトの秘書の女性でした。一方で日本郵便の裁判というのは、契約社員12人が扶養手当とか病気休暇といった5項目の手当てや休暇を求めたものだったんですね。これに対して最高裁は、ボーナスと退職金については支給しなくても不合理ではないという判断をし、手当については支給しないのは不合理だとしたんですね。つまり求めたものがボーナス、退職金だったか、もしくは求めたものが手当てだったかの違いによって明暗が分かれたという形になります。

速水:正規の社員、職員と非正規では、もちろん給料は違いますよということを前提とした中で、ボーナスや退職金は社員にだけ出ますよ、でも手当は同様に出すというのは、納得できる部分もあるのですが。

藤田:会社を経営する側からすると確かにそうですし、ちょっと昔の感覚だと待遇格差があって当たり前と思われるかもしれないですね。一方でボーナスとか退職金というのは金額も大きいですし、そこは基本給とも関わってくることです。今回は最高裁で様々な手当が認められた成果というのはとても大きいんですけれども、退職金とボーナスの格差が埋まらないと本当の意味での同一労働同一賃金は実現できないんですね。


非正規でも正規と変わらない職務内容

速水:そこですよね。メトロコマース、大阪医科薬科大学、日本郵便、それぞれ働いていた方達は正規の職員とどれだけ違う内容の仕事をしていたのかというところだと思うんですが、そこも藤田さんは取材をされていますよね。

藤田:最高裁で職務内容の相違ということでいわれたことだと思うんですけれども、日本郵便の現場というのは私10年以上取材しているんですけれども、仕事の内容は契約社員も正社員も全くもって同じです。契約社員も早朝深夜のシフトに入りますし、お客様のクレーム対応もしますし、年賀状などの商品の販売ノルマというのも同じように課されます。メトロコマースも大阪医科薬科大学もほとんど同じと言っていいと思うんですね。最高裁は正社員の仕事は難易度が高くて人事異動もあるといって、それを根拠に格差があってもしょうがないみたいなことを言ったんですけれども、私が取材する限り、それは比較対象が全然違う職種の正社員だったり、ごくごく一部の正社員に限った話だったりするんですね。同じ職種の社員同士で比べるなら、地下鉄の売店では契約社員も正社員と同じように早朝から新聞や雑誌をラックに並べて、売上金の管理とか発注業務というコアな業務もするんですね。また、駅構内というのはすごく空気が汚いですから1日働けば鼻の穴は真っ黒になりますし、夏場は30°になりますよね。トイレを我慢しすぎて膀胱炎にもなったりするんですね。ここは正規、非正規全く関係ないわけです。大阪医科薬科大学については、アルバイトのほうが正社員の秘書よりも担当している教授達の頭数が多いなんていうこともあったんです。このアルバイトの秘書のポストというのは、もともと正社員がやっていたお仕事なので、そもそもその仕事内容にそこまでの相違があるはずがないんです。しかも今は国が非正規格差を是正しましょうと言っている、まさに最中なわけですよ。今回の最高裁の判決というのは、そうした社会の機運にも冷水を浴びせたと言われても仕方がないと思いますね。

速水:非正規と正規では、実際の収入ってどのくらい差がついてしまっているものなんでしょうか。

藤田:日本郵便の場合、契約社員の年収は正社員の半分から1/3です。そして私が一番深刻だなと思ったのは病気休暇なんですね。契約社員の場合ここが無給なんです。つまり契約社員は同じ仕事をしているのに、例えば癌の治療中だったりしても無理して会社に行かざるを得ないわけです。大阪医科薬科大学の女性の年収も正社員の半分位でした。メトロコマースの場合も、同じ条件の正社員と比べると退職金も含めた賃金格差の総額というのは一人当たり1千万円を超えるんですね。

速水:総額というのは生涯ですか。

藤田:そんな感じですね。皆さん10年以上勤続されているんですけれども。

速水:必ずしもみんな一生そこで働くわけじゃないので、まあ10年くらい働くような平均であると。その中で一千万円というのはすごい大きい数字ですよね。海外と比較してみた場合ではどうなんでしょうか。

藤田:ヨーロッパの場合、ちょっと統計の方法が若干違うんですが、パートタイム労働者の賃金水準というのは、正社員が中心のフルタイム労働者の8割から9割と言われているんですね。非正規労働者を増やしてきたヨーロッパではそういう現状なわけです。それに比べると日本の格差の実態というのは異常と言っていい水準だと思うんです。

速水:先ほど半分であるとか1/3のケースがあるというお話を伺いますと、8~9割というのは非常に良心的だなと思いますよね。

藤田:そうですね。パートタイム労働者とフルタイム労働者の比較なので、比べ方が違うという点もあるかもしれないんですけれども。


同一労働同一賃金

速水:今回争点にした部分というのは、労働契約法20条をめぐるものだという話なんですが、内容はどういうものか教えてください。

藤田:今回の一連の裁判というのは、2013年に改正労働契約法という法律が施行され、その中で労働契約法20条という法律が新しくできたことがきっかけだったんですね。この法律の内容というのがまさに非正規社員と正社員の不合理な格差を禁ずる、つまり同一労働同一賃金ということだと受け止めてもらっていいと思うんですが、そういう法律だったんですね。

速水:そうすると、ボーナス、退職金に関する今回の判決というのは、この法律に沿ってないじゃないかと思ってしまうところがありますよね。

藤田:そうですよね。だいたい同じ仕事をしていたら格差をなくしましょうというのが本来この法律の趣旨だと思うんですけれども、最高裁は職務内容の相違というものを針小棒大に解釈をしてしまっていると思うんです。一方でこの問題について記事を書くと、よく読者の方から「最初から雇用契約に書いてあるんだから、後から文句をいうのはおかしい」という批判を受けるんですね。ただそれはちょっと違うんです。なぜかと言うと、例え雇用契約書に書いてあってもそれが不合理であれば違法ですよと、まさに労働契約法20条という法律が後から新しくできたんですね。非正規労働者が後から文句を言っているんじゃなくて、むしろ最高裁の裁判官がせっかくできた新しい法律の趣旨を骨抜きにしていると、そういう見方を私はするべきだと思います。

速水:これは藤田さんが取材をされて、そうなってしまう理由があるとしたらどういうことが推測されますか。

藤田:私は二つあると思っているんですけれども、一つは最高裁の、まあ最高裁に限らず裁判所の裁判官が非正規雇用で働くことのリアルというのを全くもってわかってないんじゃないかと思うんです。もう一つは、やはりボーナスと賞与について、この大きい部分については格差をつけてもいいですよと捉えられかねないような判断をしたということは、企業経営者側に忖度をしたのではないかなと私は見ています。

速水:現実には、仕事の内容は正社員と同じという人たちも含めて非正規の人たちは多いわけですよね。

藤田:そうですね。今4割ですからね。

速水:その中で全企業がこの標準に一気にポンッといってしまうと、ちょっとこれは企業側から反発が来るんじゃないかという所に忖度した可能性があるんじゃないかというこということですよね これは非常に反響もあるのでメッセージをいくつかご紹介します。「私は今非正規労働者の一員ではありますが、非正規労働者が正規労働者と同等の扱いになるのは半分賛成で半分反対です。非正規、正規問わず、働らいたぶんの賃金を支払うべきだとは思いますが、ボーナスまで同じにすると正社員の意義が失われる可能性があるためです」というメッセージです。

藤田:そのご意見についても理解できるところがあります。ただ一方で、先ほどから申し上げているようにボーナスって金額が大きいですよね。それが10対0ってどうなんだという話なんです。大阪医科薬科大学のアルバイトの女性は他の手当もあるんですけど、やっぱりボーナスがないことで年収が半分になっちゃうんです。同じ仕事をしているのにそれはあんまりなのではないかと思うんです。

速水:もう一通メッセージ読みます。 「派遣社員になって気づけば10年が過ぎていました。法改正で賃金が少し良くなるかと思ったんですが、ボーナスは毎月の給料込みと言われ、本当にプラスされているかどうかわからないくらいの額しか上がらず、実際支給額は上がっていません」という現場の40代の方です。法律が変わっても企業が何か曖昧に解釈して、実際上がっているの?みたいなこともこれはあるかもしれないですね。

藤田:いろんな脱法的な抜け道ってあるんですよね。この方のような形もありますし、あるいは待遇格差がダメなんだったら非正規の格差を底上げするんじゃなくて、正社員の待遇を引き下げるというやり方も一部の会社では既に行われています。

速水:正社員の待遇を下げてしまえばいいじゃないかというのは、非常に割合が多くなっている非正規の人たちも「そうだ!」ってなりますよね。でも分断みたいなことは、全体の待遇引き上げのためにはメリットないぞということもありますよね。

藤田:そこはやはりそういった戦略に惑わされないということですよね。あとやっぱり企業内労組ですよね。正社員の待遇をいじるというのは、企業内の正社員中心で作る労働組合が頑張ってくれないとというところはありますよね。

速水:前政権のレガシーという意味では、同一労働同一賃金はいいことなので、これ引き続きそういう社会を目指すべきですよね。今日はたっぷりフロントラインプレスの藤田和恵さんに、非正規労働者の格差をめぐる判決のお話伺ってきました。ありがとうございました。