気になるアーティストを50音順に、坂崎幸之助が独断と偏見で 紹介している
≪坂番洋楽データファイル≫(略してSYDF)「ホ」の付くアーティスト18回目、
今週もポール・マッカートニー特集です。
↑↑ 今年もスタッフからのバレンタイン恒例
“駄菓子系”チョコレート詰め合わせ。
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【THE ALFEE】に関する情報が随時更新されています。
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こまめにご確認ください。
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『ポール・マッカートニー(Paul McCartney)』
★1971年に【ウイングス】を結成し「メアリーの子羊」「ハイ・ハイ・ハイ」といった
シングルをリリースし、大学などでのお披露目ライヴを行ない、
ヨーロッパツアーも大成功・・・と好調な活動を進めていましたが、
1973年、グループ名を【ポール・マッカートニー&ウイングス】に変更。
このグループ名変更後のシングル曲は、グループとしては初となる全米1位を獲得!
♪マイ・ラヴ(My Love)/ポール・マッカートニー&ウイングス
*1973年に4週連続で全米1位を獲得。全英では最高9位。
*この曲が収録されたアルバム『レッド・ローズ・スピードウェイ』は
全米で計3週1位を獲得、全英では最高5位。
★この頃からポール・マッカートニーの元には数々の作品制作依頼が
舞い込んできます。
その中の1曲が「007シリーズ(ジェームズ・ボンド映画)」の主題歌。
♪007死ぬのは奴らだ(Live And Let Die)
/ポール・マッカートニー&ウイングス
*1973年・全米2位、全英7位を記録。
★グループとしても軌道に乗ってきた矢先、ギターのヘンリー・マックロウ
(Henry McCullough)とドラムのデニー・シーウェル(Denny Seiwell)が脱退。
再びポール&リンダ、それに元【ムーディー・ブルース】のメンバーだった
デニー・レインの3人に。
そんな1973年の暮れには、のちに歴史的名盤と称されるアルバム
『バンド・オン・ザ・ラン(Band On The Run)』を発表。
全米・全英共にアルバムチャート1位を獲得。
売り上げも、アメリカだけで300万枚以上のセールスを記録しました。
♪ジェット(Jet)/ポール・マッカートニー&ウイングス
*翌1974年にシングルカット、全米7位を獲得。
♪バンド・オン・ザ・ラン(Band On The Run)
/ポール・マッカートニー&ウイングス
*同じく1974年にシングルカットされ全米1位を獲得。
*グラミー賞の「最優秀ポップボーカルグループ賞」受賞。
★アルバム『バンド・オン・ザ・ラン』の大成功で、
グループでのライヴを大前提としたメンバー探しを始めます。
オーディションで、アイドル顔のジミー・マカロック(ギター)と
ジョー・イングリッシュ(ドラムス)を選び、
バンド名もポールとそのバックバンドというイメージを払拭するために、
再び【ウイングス】へ変更。
このメンバーで1975年にアルバム『ヴィーナス・アンド・マース(Venus And Mars)』を発表。
♪あの娘におせっかい(Listen To What The Man Said) /ウイングス
*1975年・全米1位を獲得。
★1975年9月から【ウイングス】は世界12ヶ国64回の公演となる
大規模なツアーをスタート。
そのツアー中にレコーディングされたのがアルバム
『スピード・オブ・サウンド(Wings At The Speed Of Sounds)』。
このアルバムは全米で7週連続の1位を記録!
♪心のラヴ・ソング(Silly Love Songs)/ウイングス
*1976年に計5週、全米1位を記録。
・・・・といったところで、この続きは来週です。
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次の更新はネット局すべてのOA終了後
2021年2月24日(水)AM5時以降の予定です。
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