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およそ1年ぶりの旅であります。目的地は東北、岩手県。
正直「震災から10年」なんてこの旅日記で書く日が来るなんて思いもしなかった。
いや思ってはいたんだけど、もっともっと先の様な気がしていたのです。
でも自分の10年を振り返ったって色んな事があって。
(KIKI-TABIもレギュラーは一旦終了となったし)
きっとそれはこれを読んでいる皆さんも同じだと思うんだ。うん。
だから10年はあっという間なんだけど、全然あっという間じゃない。
被災地だった東北の方々にとっての10年間はどうだったんだろう。
もちろん時間はどんどん前に進んでいくから、年月は節目にはならないんだけど。
それでも震災から10年というこのタイミングで、
皆さんにはもう一度東北に思いを馳せて欲しいのです。
そうそう、これをどこに貼り付けようか迷ったのですが、この旅日記の冒頭にします。
KIKI-TABIが前身のYAJIKITA ON THE ROADだった時代。
僕らが初めて被災地を訪れた時の旅日記の冒頭です。
読み返しながらあの時の雰囲気や自分の気持ちを思い出しました。
かつての緊張感が文章からも伝わってきます。少しの間、お付き合いください。
―以下2011年の旅日記冒頭より抜粋―
東日本大震災から2カ月が過ぎた頃、YAJIKITA一行は東京駅にいた。
5月13日午後5時頃の事である。
東北新幹線の改札前は少し大きな声で話さなければいけない程、混雑していた。
あの震災後、この番組でも幾度となく被災地取材の声が上がった。
およそ8年の放送期間を誇る長寿番組である、今回の震災で被災された地域にも何度も足を運んだ。
(*過去のHP参照)
我々にだって出来る事が、何かあるはずだろう。
お世話になった方々に何かお手伝いは出来ないだろうか。
色んな事を、色んな手段を、考えた。
YAJIKITAは旅番組であって、報道番組では決して無い。
取材を終えた後に聴く人に何を残す事が出来るのか?
残った感情が少しでも光のあるものであって欲しい。
そして未だ震災で辛い想いをされている方がいる事実も、リスナーに忘れないで欲しい。
考えがまとまらない中、4月のある日、こんなニュースが舞い込んだ。
日本三景の一つ、宮城県松島で観光遊覧船再開
そのニュースを後押しするかの様に、東北新幹線の全線開通である。
沢山の人の想いを乗せて、新幹線が東北に向けて再び出発する事になったのだ。
ちょうど様々な所から【観光客の激減】【観光産業壊滅】等の言葉が聞こえてきていた。
復興までに時間はかかるだろう、だけど人が行かない事には何も始まらない。
観光が戻った場所には人も戻っていくべきなのだ。
そしてその後押しとなるのは、長く日本全国を旅してきたこの番組なのだ。
自分の気持ちが固まった。
旅でお世話になった我々の出来る恩返し、旅をすることだ。
そしてその場所に暮らす方々の想いを全国に伝えること。
この番組を聞いてくれたリスナーさんに「行きたい」と思わせる旅にすること。
5月13日午後5時の東京駅に集まったYAJIKITA一行は、そんな想いを胸に秘めていた。
―以上―
あの頃の自分に聞かせてあげたい。
「なぁ、お前が心の底から心配していた東北は、10年後に綺麗な街並みが広がってるよ」って。
「人の気持ち、人の力ってやっぱりすごいんだよ」って。
今回の旅は震災から10年が経った岩手県沿岸の旅。
番組自体は2週に渡ってお届けするので、旅の行程としては岩手県→宮城県となります。
「KIKI-TABIさんも相変わらずの強行軍だなぁ」とお思いのそこのアナタ!
そう、本来であればまずは東京から新幹線で盛岡、そこから陸路で沿岸部(約2時間半)、
更にそこから車で南下して仙台でオールアップ…という流れなのですが、
今回の旅はほぼ完成を迎えた最大の復興事業『三陸道』に沿って沿岸をめぐる旅。
この三陸道がとんでもなく便利な道路。よく道路を「大動脈」なんて言いますが、
まさにこの道が完成を迎える事で沿岸の移動がよりスムーズになるのです。
そしてその人の流れはきっと新鮮な血液の様に、沿岸をぐっと元気にするとも思うのです。
我々はまず花巻空港から宮古へと向かいました。宮古って言ったらあの人たちだ。
*今回の取材は最少人数で、更に全員PCR検査を受け万全の感染対策の元で行いました。
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