『坂番洋楽データファイル(略してSYDF)』第229回

気になるアーティストを50音順に、坂崎幸之助が独断と偏見で 紹介している≪坂番洋楽データファイル≫(略してSYDF) 「マ」の付くアーティストの6回目です♪



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【THE ALFEE】に関する情報が随時更新されています。
http://www.alfee.com もしくは https://www.alfeemania.com
こまめにご確認ください。
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『マイケル・モンロー(Michael Monroe)』
★1962年6月17日、フィンランド生まれのロック・ミュージシャン(もうじき59歳)。
1980年に本国フィンランドでロックバンド【ハノイ・ロックス】を結成。
5年ほどで解散。
その後はソロ活動をはじめたり、数々のバンドを作っては解散を繰り返しています。
もちろん【ハノイ・ロックス】も再結成したりしています。
今回はマイケル・モンローの音楽人生の中で最も代表的なバンドとなっている
【ハノイ・ロックス】時代のヒット曲を。
  ♪アップ・アラウンド・ザ・ベンド(Up Around The Bend)
   *1984年リリース。CCRのカバー曲。

『マイケル・ペン(Michael Penn)』
★1958年 8月1日、ニューヨーク・マンハッタン生まれのシンガーソングライター。
父親が映画監督、母親が女優という芸能一家に生まれた3兄弟の長男
(次男は映画俳優として有名なショーン・ペン)。
映画音楽の作曲家として音楽活動をスタートし、
1980年代終わりにはシンガーソングライターとしてもデビュー。
  ♪ノー・ミス(No Myth)
   *1989年のデビューアルバム『マーチ(March)』からの1stシングル。
   *1990年・全米13位を記録。
★続いては、2001年に公開された弟のショーン・ペン主演の映画
『アイ・アム・サム』のサウンドトラック盤から。
この映画ではビートルズのカバー曲が多数使用されていました。
  ♪トゥ・オブ・アス(Two Of Us) /エイミー・マン&マイケル・ペン
   *1997年に結婚した、元【ティル・チューズディ】のボーカリスト、
    エイミー・マンとのデュエット(夫婦でのデュエット曲)。

『マイケル・マクドナルド(Michael McDonald)』
★1952年2月12日、ミズーリ州セントルイス生まれ。
高校の頃からバンド活動に明け暮れ、1970年にロサンゼルスへ移住。
セッション・ミュージシャンとしての活動をスタート。
当時の主な仕事としては【スティーリー・ダン】のツアーメンバーや
アルバムでのバックボーカルを務めています。
1975年にジェフ・バクスターの誘いで、病気で一時的にバンドを離れた
トム・ジョンストンの代役として【ドゥービー・ブラザーズ】のツアーに参加。
その後、正式に【ドゥービー・ブラザーズ】のメンバーに。
マイケル・マクドナルドを中心としたバンドは、
疾走感のあるウエストコーストサウンドから、
ソウルフルなのボーカルと独特なリズムによるAORサウンドへと音楽性を転換。
その代表作として、1978年に発表されたアルバム『ミニット・バイ・ミニット』は
グラミー賞の「最優秀アルバム賞」に。
全米No.1シングル曲の「ホワット・ア・フール・ビリーヴス(What A Fool Believes)」も
「最優秀レコード賞」「最優秀楽曲賞」を受賞。
これによって、注目を集めたマイケル・マクドナルドは、
ドゥービーが活動停止した1982年にソロアルバム『思慕(ワン・ウェイ・ハート)
(If That's What It Takes)』をリリース(全米アルバムチャート6位を記録)
  ♪アイ・キープ・フォーゲッティン(I Keep Forgettin')
   *アルバム『思慕(ワン・ウェイ・ハート)』からの1stシングル。
   *1982年・全米4位を記録。
  ♪オン・マイ・オウン(On My Own) with パティ・ラベル
   *1986年リリースのシングル曲。全米1位を獲得。
★マイケル・マクドナルドは1995年の【ドゥービー・ブラザーズ】再結成ツアーにも
参加したり、2000年代にはモータウンの名曲カバー集を発表し大ヒットを記録。
その他【スティーリー・ダン】のドナルド・フェイゲンと、ボズ・スキャッグスの
3人によるライヴツアーも行っています。

『マインドベンダーズ(The Mindbenders)』
★1963年、イギリス・マンチェスターで、ボーカリスト:ウェイン・フォンタナを
中心に結成されたバンド。
当時まだ19歳だったエリック・スチュワート(10cc)がギターで参加。
最初のバンド名は【ウェイン・フォンタナ&ザ・マインドベンダーズ】。
デビュー当初こそヒット曲が出ませんでしたが、6枚目に出したシングルが
全米で1位を獲得。本国イギリスでは2位の大ヒット。
  ♪ゲーム・オブ・ラヴ(Game Of Love)
   /ウェイン・フォンタナ&ザ・マインドベンダーズ
   *1965年・全米1位を獲得。
★この曲の大ヒットを機にリーダー兼ボーカルのウェイン・フォンタナが
グループを脱退しソロアーティストに。
そのためバンド名も【マインドベンダーズ】に変更しエリック・スチュワートが
リードボーカルとして再スタート。
1965年の暮れ【パティ・ラベル&ザ・ブルーベルズ】が歌った曲
「恋はごきげん」をカバー。
  ♪恋はごきげん(A Groovy Kind Of Love)
   *1966年・全米2位の大ヒット。
    (この曲は1988年にフィル・コリンズもカバーし全米1位を記録)
★この大ヒットの2年後、1968年に【マインドベンダーズ】は解散。
エリック・スチュワートは以前から仲の良かったグレアム・グールドマンと
共同出資で念願のレコーディングスタジオを開設。
そしてグレアム・グールドマンが以前在籍していたバンドのメンバー、
ケヴィン・ゴドリーとロル・クレームが加わってバンド【10cc】が誕生。

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