片岡安祐美さんは、1986年生まれ、熊本県熊本市出身。
2002年から女子野球日本代表として活躍され、
高校卒業後、萩本欽一監督が創設した
『茨城ゴールデンゴールズ』 に入団。
2011年には、選手兼任監督に就任し、
社会人チームでの ”初の女性監督”に。
そして、2014年にチームを優勝に導かれています。
現在では、 『茨城ゴールデンゴールズ』 に入団から17年目、
監督として11年目になられました!
最初は、萩本欽一さんが女性選手を入れたいという思いから
全国の女子野球選手の中から、片岡さんを見出されました。
萩本さんは、監督として打順決めなどをされていたそうですが、
その采配は驚くものばかりで、
4番に調子の悪い選手を入れることもしばしば。
「4番というプレッシャーを感じる必要もないし、
4番というだけで向こうのチームが勝手に気を使ってくれるし。
それで運の巡りが良くなるからって。
2本打ったら交代して、運を次の選手に回しなさい、とか。
最初びっくりしましたけど、うまく回るんですよ!それが!
卑弥呼様〜〜くらいの感じでした (笑)」
実際に選手として活動していく中、
今でも、女性更衣室や女性用お手洗いがない球場も多く、
不自由なことが多かったそう。
その後、監督に就任されましたが、萩本さんからの打診は一切なく、
”俺、次の監督は安祐美って言っちゃったからな” と宣言されたそう。
「最初、とはいいつつ冗談でしょ?と思ってたら、
そこから1ヶ月後くらいから急に携帯がうるさくなって
”今から電話で取材受けて” とか言われて!
なんでですか?って聞いたら、
欽ちゃんが正式に次の監督は安祐美ちゃんって発表した!って(笑)」
もともと指導には全く興味のなかった片岡さんでしたが、
あっという間に監督に就任し、最初は選手集めに奔走されました。
その後、2014年に優勝監督に。
”初”という肩書きがたくさんあることについては、片岡さんは、
”本当に野球がやりたくてやってきただけ”とおっしゃいます。
「女子野球選手の先輩はたくさんいて、
日本にも戦後初の女子プロ野球がちょっとでしたけどあったし、
12年前に女子プロ野球がまた出来て。
そういう方から受け継がれてきたものがあって、
私はそれに乗せてもらって、時代が変わって新しいものがでた、
くらいです。その方々のおかげなんです」
来週は、もっとプライベートなお話伺います!
お楽しみに
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