(撮影時のみ、マスクを外しています)
池崎さんは、1978年生まれ。北海道函館市の出身。
6才の時に難病を発症し、車椅子生活になり
高校在学中に車いすバスケットボールを始めました。
29歳で、車いすラグビーに転向され、
2010年日本代表に選出されました。
2018年初優勝を果たした世界選手権では、最優秀選手に選ばれています。
また、パラリンピックには、3大会連続で出場されていて、
日本のエースとしてメダル獲得に大きく貢献されていらっしゃいます。
さらに、今年6月に行われた車いすラグビーの国際大会2022カナダカップで
日本代表が、悲願となる初優勝を果たしました!
「頂点に立てるっていうのは嬉しいですよね。
さらに敵地での、カナダカップでの優勝は、初でもあり、嬉しかったです。
若手のハイポインター橋本選手もいい活躍もして、すごく実りのある試合で
結果につながったというのが、すごく嬉しいです。
でも、僕が1番嬉しかったのは、すごく尊敬している年上の先輩である島川選手が
最年長で、初めて、MVPになった! まだまだ俺も、頑張らなきゃいけないな、って
すごくモチベーションもらいました。
これは歳とか関係なく、やる気になれば結果が出せるんだと、島川選手が結果で示してくれました。」
このカナダカップでの優勝を受け、日本代表は世界ランク1位に!
これまでの歴史を塗り替える、輝かしい出来事です。
継続していきながらもさらに上を目指したい、と話す池崎さんに
日本代表の強さのヒミツをうかがいました。
「お互いを高め合える選手がたくさんいます。
敵ではないですけど、戦友として、世界基準でバチバチやりあうので、
刺激をもらいながらも、伸びていきます。選手達の吸収も早いですし、
チーム全体が強くなっていくっていう。良いローテーションです。
世界ランク1位ということは、今度は追われる立場なので苦しい位置にはいます。
自分たちも、”打倒日本” を目指します。頂上で満足せず、雲の上に、宇宙に。」
車いすラグビーは、1977年カナダで生まれた競技です。
試合中に激しく車椅子がぶつかり合う激しさから、”murderball”(殺人球技)とも言われています。
4対4で行われる、男女混合競技です。
障がいの重さでポイントが決まり、4人の合計が8点(女性が入ると8.5)で試合ができます。
池崎さんであれば、3点なのだそう。
さまざまなラインの組み合わせで戦術を考え、コートに出場しています。
「 ”なんでこんなに激しい競技を車椅子で?” って思ってたんですけど
でも、その答えがなんとなく分かってきました。
障がいの軽い重いに関係なく、どんなことでも立ち向かう強さってあるんだと、
どんなにタックルされて倒れても、また起き上がる強さってあるんだと。
そういうメッセージ性が、この競技にはちゃんとあります。」
タックルされた際の衝撃は、30G(重力加速度30倍)とも言われ、
転倒だけではなく、1~2m飛ばされてしまうこともあります。
ただ、衝撃を直接受けるのは競技用の車椅子であり、安全性も確保されていると言われています。
「車椅子にキズがついたり、タイヤがパンクしてしまうたびに、
スタッフがタイヤを交換して、試合中にパンクしたタイヤを修理してくれています。
選手だけでは試合ができない、スタッフも含め、チームとしてやらないと成り立たない
そんな競技でもあります。チームの結束力が無いと勝てないところも、魅力です。」
車いすラグビーは、両手両足に障がいを持つ人が対象となるスポーツです。
そんな選手達が、マツヤニをつけたグローブに着用し
バレーボールのような丸く、ざらつきの付いたボールをパス!
ポイントを決めていきます。
「障がいの軽い人をハイポインター、重い人もローポインターっていうんですけど
ハイポインターとローポインターの駆け引きや、4ピリオドでの時間の管理...
僕は引き算苦手なんで、大変ですけど(笑)
激しさだけでなく、頭も使っている、そんなところを見てほしいです。」
来週も池崎さんにお話伺います。
お楽しみに!
M. 同じ空の下 / 高橋優