第358回 池崎大輔さん②

ゲストは先週に引き続き、車いすラグビー日本代表の池崎大輔さん。

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(写真撮影時のみマスクを外しています)

池崎さんは、6歳の時に難病:シャルコー・マリー・トゥース病を発症されました。
徐々に筋力が低下し、現在治療法はない難病です。

もともと身体を動かすことが好きだった池崎さんは、難病を発症しながらも
サッカー、バスケ、卓球など、スポーツを楽しんでこられました。
そんな中、中学に進学することにはかなり筋力が落ち、

中学3年になったころには、足首を固める固定術をして完治しないまま、
車椅子生活が始まりました。

「車椅子生活が始まって、もうスポーツとは無縁なんだと思っていた時、

 高校2年で、車椅子バスケットボールを初めて見たんですよ。

 競技用の車椅子にのれば、こんなに早く漕いで、シュートもできるんだ、かっこいいなって思って。

 それに、バスケって花形だから、モテるかな?なんていう高校生のノリで、
 『俺、車椅子バスケやる!』と。そこから、スポーツをやれる喜び、希望をいただきました。」

その後、29歳で車いすラグビーに転向されました。

車いすバスケットボールは年々レベルが上がる一方、
池崎さんの筋力は落ちていったことで、ボールの重さやブレーキが大変になり、
障がいを言い訳にしながら競技を続ける自分に、もやもやする日々だったそう。

「そうやって悩んでいる時に、北海道のチームの方から、
 車いすラグビーっていう競技があるから見てみないか?と言われました。
 それが車椅子ラグビーとの出会いでした。
 傷だらけの車椅子に乗って、暑いのにグローブをしてるし。ボールはバレーボールみたいで。
 『これはフルコンタクトスポーツだ』って教えてもらったんです。

 車椅子同士で、タックルしても良いんです! 車椅子バスケは、ぶつかったらファウルなんですよ。」


その見学で実際にタックルをしてみたところ、あまりの気持ちよさに感動!
自分の性格にも合っていると感じ、車いすラグビーに転向を決意されました。

そして、3大会連続パラリンピックに出場されている、池崎さん。
昨年開催された、東京パラリンピックでは、銅メダルを獲得しています。

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第一線で活躍を続ける池崎さんは、車いすラグビーの普及活動にも尽力されていて

昨年は、岩手県釜石市にある小学校にも訪問されています。
小学校では、車椅子ラグビーについての授業や体験を行いました。

「最初のデモンストレーションでは、怖がっていたのに、実際に乗ってやってみたら
 まだやりたい!という声もあって。すごく自分たちも嬉しくなっちゃって!
 もっと時間あったら、もっと色んなところ行きたいな~と思いました。
 よく、スポーツの力、って言うじゃないですか。何だと思いますか?

 僕、自分がやってるパラスポーツの力は、『困難を乗り越える力』だと思ってるんですよ。
 僕は、障がいという言葉が大嫌いです。ハンデって言います。
 ハンデを持ってる人が、事故、難病、怪我を抱えて、色んな困難や壁を乗り越えて、

 アスリートとしての人生を歩んでいる。その人たちが世界に出て戦えば、
 挑戦し続ける姿を見せることができる。そういうのが、パラスポーツにはあるんじゃないかな。」

今年2月には、一般社団法人 7project(通称:ななプロ)を立ち上げられました。
このプロジェクトは、さまざまなパラスポーツ選手が全国各地に足を運び、
スポーツの魅力やメッセージを伝え、交流するというものです。

「待ってるだけじゃ時間がもったいないので、自分から行動しようとプロジェクト立ち上げました。
 今障がいを持っている子供達が、しっかりパラスポーツと向き合える環境とか
 そのきっかけ、将来を見据えて成長して学べるような環境を作っていきたい、とも思っています。
 現役選手としてやれることは、結果を出すことも大事ですが、たくさんの人に知ってもらうのも必要です。
 みんなで応援してもらって、ファンになってもらって、一緒に戦って喜びたいです。」


最後に、池崎さんの”元気の源”についてう垢がいました。

「焼肉です!!!僕アスリートなので、身体を痛めるじゃないですか。
 トレーニングして、栄養をとって、睡眠をとるというのが大事です。
 その中で、肉には肉を!!! なので、元気の源は、焼肉です。」

2週にわたり、元気で明るい声をありがとうございました。


M.  HERO  /  安室奈美恵