菊地成孔×浅田彰、村井邦彦、五所純子 対話を通じて明かされるジャン=リュック・ゴダールへの思い

12月25日(日)にTOKYO FMで放送された「ザ・シネマメンバーズ presents TOKYO FM特別番組 after the requiem~ゴダールについて私が知っている二、三の事柄」。2022年9月13日にこの世を去った、映画監督のジャン=リュック・ゴダールを追悼するザ・シネマメンバーズ提供の特別番組です。

ゴダールを知る迷宮の旅のトラベラーとして、ジャズ・ミュージシャンの菊地成孔と東京藝術大学大学院在学中の画家・友沢こたおが出演。菊地成孔が浅田彰(批評家・京都芸術大学教授)、村井邦彦(作曲家・アルファレコード創立者)、五所純子(文筆家)と対談したほか、各界を代表するゴダールに魅了されたクリエイターたちが、ゴダールの魅力やゴダールから受けた影響を今後の自身の作品や人生にどう反映していくかについて語りました。

「女と男のいる舗道」ザ・シネマメンバーズにて配信中
© 1962 . LES FILMS DE LA PLEIADE . Paris


◆「憎くてしょうがない女性を綺麗に撮るアンビバレンス」

「勝手にしやがれ」や「気狂いピエロ」で知られるフランス映画界の巨匠ジャン=リュック・ゴダール監督が2022年9月13日、スイスで自殺幇助を受けて死去しました。ゴダールは西部劇や犯罪映画、ハリウッドの古典や、B級映画とされているものまでを吸収し、自分の言葉で批評を書き、やがてペンをカメラに持ち替えるように自分たちで映画を撮り始める。そうした1950年代のフランスで起きた動きの中にいたのがゴダールであり、トリュフォーであり、エリック・ロメールであり、ジャック・リヴェットでした。



菊地はゴダールについて「かなりのミソジニスト」だと言い切り、「女性を崇拝し、美しく着飾らせるとともに、女性が憎くて殺したいという気持ちが同居している」と持論を展開。そのうえで「『気狂いピエロ』のときには妻のアンナ・カリーナと離婚が決定していたわけですが、ゴダールは別れが決まって相手が憎くて憎くてしょうがなく、現場の空気が最悪なときに女性を綺麗に撮るというアンビバレンスを持っている人」だと印象を語ります。

◆YMOデビューアルバムに引用されたゴダール、その真意は?

追悼番組を放送するにあたって、まず菊地が話を聞いたのは、荒井由実やYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)を輩出したアルファレコード創立者・作曲家の村井邦彦さん。YMOのデビューアルバムのB面には「東風」「中国女」「マッド・ピエロ」という、ゴダールの作品名からつけられた3曲が含まれているが、村井さんは「3人で相談して決めたのかね? どういう経緯だったんだろう」と、当時のことを振り返り始めた。

菊地が「坂本龍一がゴダールを引用するのは理解できるが、高橋幸宏、細野晴臣の2人はあまり興味がなかったのでは……」と問いかけると、村井さんは「(高橋幸宏は)ファッションとして興味があったのかもしれないね」とうなずき、「時代の風潮を風俗として取り入れたのかもね。1つの時代を紹介したってことなんだろうな」とコメント。

「中国女」ザ・シネマメンバーズにて配信中
La Chinoise, un film de Jean-Luc Godard.
© 1967 Gaumont / Ciné-Mag Bodard / Roissy Films / M. Nicolas Lebovici.


◆「ゴダールを見ていない女性のほうが、ゴダールの女性像を実践している」

「ゴダールは難しいものだと思われているが、ファッション関係者や女性はそんな目で見ていない。難しがりとかわいがりを両持ちしている」とも話す菊地。作中に登場するファッションやアイコンは常にキャッチ―であり続け「女の子たちが『かわいい、欲しい』ってものにバッチリ訴えている。それによって、二極化を起こしているけれども、それが資本主義のアンビバレンスでもある」と話し、「そうしたファッション=可愛がり=昔の女性性と、難しがり=昔の男性性、という二極分離を制してゴダールを見ているのは彼女だけ」と、文筆家の五所純子さんに賛辞を送ります。

番組内で菊地と対談をした五所さんのゴダールとの出会いは、90年代のファッション誌で、ゴダール作品に出演しているアンナ・カリーナらの着こなしを紹介するページと、批評集だったと振り返ります。2000年頃に観たゴダール作品の上映会で、上映後に批評家が嘲笑とともに放った「日本は唯一、女性たちがゴダール作品を『カワイイ』で消費している国だ」という言葉に赤面した過去があると振り返りつつも、「ここから私たちがミュータントとして生きていけばいいじゃないですか、私たち」とも思ったと回想。

こうした五所さんの話を聞いた菊地は「僕は音楽家なので、美しかったりかわいかったりするものに無条件に流れてしまう心がある。ゴダール作品がおしゃれでかわいいと思いポスターを貼っちゃう……という人がいる一方で、そうしたことに興味がない人もいてビックリする。ゴダールのマーケットは二分されている」とコメント。

「女は女である」ザ・シネマメンバーズにて配信中
©1961 STUDIOCANAL IMAGE - EURO INTERNATIONAL FILMS, S.p.A.


意図的に作っていたのだとしたら、私たちはゴダールの術中にまんまと落ちたということになりますが、菊地は「おそらくゴダールは天真爛漫に作っているんですよね」と発言。これには五所さんも同意しつつ、「実際にゴダールなんて観ていない女の子たちのほうが、ゴダールの描く女性像を実践しちゃっているように見えることが多々ある。反資本主義なんて思っていないけれど、結果として反資本主義の表象をしちゃってるんじゃないの? と思うことがあるんですよね」との見解も。

◆「残酷なまでの冷たさがないとクールにならない」

続いて、菊地が話を聞いたのは批評家・京都芸術大学教授の浅田彰さん。菊地が1985年の浅田彰と詩人・小説家の松浦寿輝との対談で出た言葉「不断の半勃起」を引用し「初期の主演女優がいて、音楽家がいたころのゴダールの作品はビンビンに“勃起”していたと思うんです。ジガ・ヴェルトフ集団(ゴダールが1968年に参加した映画作家集団)のときはインポテンツで、復帰してから死ぬまでが“不断の半勃起”だったというのが本当のところじゃないかな」と発言すると、浅田は「おっしゃるとおり」と笑います。

菊地は「ゴダールの女性の愛し方はミソジニックにならざるを得ない」と話しつつ、「なぜ映画を観る人は、音楽監督と監督の間に何かの確執がある可能性を考えないのだろう」とこぼします。特にミシェル・ルグランが出てきてからは、愛憎が渦巻くさまが作品中の音にも表れていると話すと、「女性との愛や音楽に溺れるのはある種の快楽なんだけど、かっこよくないんですよね。好きなんだけど、遮断して空白にするというか、『バラけていいじゃないか』っていうところがかっこいいんですよ」と浅田さん。

最後に浅田さんは「マイルス・デイヴィスだっていろんなピアニストとかを使うけれど、『明日からさようなら』とかって平気で(メンバーを)替えるじゃないですか。残酷なまでの冷たさがないとクールなものにはならない。残念ながら(ゴダールにとっては)女性であれ音楽であれ、ぶった切られてリミックスされる素材でしかない。愛しているけれどぶった切る。それが最後の頃は本当にかっこよくなった」とゴダール論を結びました。

「はなればなれに」ザ・シネマメンバーズにて配信中
Bande à part, un film de Jean-Luc Godard.
© 1964 Gaumont / Orsay Films.


◆菊地が考えるゴダール追悼とは?

菊地は今年11月、「菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール、京都KBSホール公演~ジャン・リュック・ゴダールに捧ぐ~」と題したコンサートを実施。ライブMCで菊地はゴダール死去について、対談や執筆、イベント開催などの依頼が相次いだと告白。しかし、このときは「その気になれない」とすべて断ったという。そして菊地は、この言葉で同ライブをスタートさせました。

「ゴダールの追悼演奏をツアー最終日に持ってこようというのは、僕が勝手に思いついたこと。特にステージ上で演奏する者たちにとっては、ゴダールが音楽に対してそうしたように、人を人として思わずに物として扱う、そういうことをしてツアーを締めるということになりました。それがジャン=リュック・ゴダールに対する追悼の形だと思えたからです」

最後に菊地は「映画監督になりたかったけど、運命のいたずらで音楽家になった。映画と音楽はいまだ齟齬(そご)があり続けることだが、そのことを一番あられもなく、ある種、淫らなまでに見せているのがゴダール。だからゴダールに惹かれたのだろうな」と、ゴダールに魅了された理由について語りました。

「恋人のいる時間」ザ・シネマメンバーズにて配信中
Une femme mariée, un film de Jean-Luc Godard.
© 1964 Gaumont / Columbia Films.




「私が死ぬとき、映画も死ぬ」と言っていたゴダール。彼が死んでしまったことによって、映画史には大きな区切りがついてしまったのかもしれない。映画のストリーミングサービス:ザ・シネマメンバーズが考えているのは、ゴダールが死んだからといって、彼の作品自体は死んだわけでもなく、これからも繰り返し鑑賞され、その度に新たな発見や議論を生み出し、影響を及ぼし続けるだろうということ。


動画配信ストリーミングサービス「ザ・シネマメンバーズ」では、ミニシアターに特化した動画配信ストリーミングサービスを提供しています。

月額880円(税込)で、ジャン=リュック・ゴダール監督作品を60年代/80年代の対比で楽しめる特集をラインナップ。気になる作品は「女は女である」「女と男のいる舗道」「はなればなれに」「恋人のいる時間」「中国女」「ウイークエンド」「勝手に逃げろ/人生」「パッション」「右側に気をつけろ」。これ以外にもエリック・ロメール監督、ジャック・リヴェット監督、シャンタル・アケルマン監督の作品群も配信中。



番組内の対談や、鈴木慶一さん、宇川直宏さん、友沢こたおさんのインタビューのディレクターズカット版を1月13(金)から配信中。TOKYO FMの音声プラットフォーム「AuDee」やSpotifyなどで配信します。こちらもぜひチェックしてみてください。

<番組概要>
番組名:ザ・シネマメンバーズ presents TOKYO FM特別番組 after the requiem~ゴダールについて私が知っている二、三の事柄
放送日時:12月25日(日)26:00~27:30
出演者:菊地成孔、友沢こたお
番組Webサイト:https://audee.jp/program/show/300004290