鳥羽一子(C)
宜しくお願いします
封筒に書かれた、Chageの音道と言う文字の美しさに毎回惚れ惚れしとりました。 歴代の小娘さんによっても、宛名を縦書きにする方、横書きの方と色々で(笑) 貼られるマステも楽しみにしてました。 もうあの封筒が受け取れないのが淋しいです。 ありがとうございました。
いろんな思いがあって…まとまらず、15日締め切りのメッセージは送れませんでした。
Chageさん、足かけ15年、お疲れ様でした。
私のラジオネーム読む時には、いつも、笑ってる感じでしたよね(笑)
聞いてる私も「あ、覚えててくれてるのかな」って。
それだけでも嬉しく思っていました。
音道はもうすぐ終わってしまうけど…Chageさんには、またいつか、ラジオブースに戻ってきてほしいです。
これまでいただいたひろステは大事にします。
ありがとうございました。
私と同じく地方在住のリスナーの皆さま、上京の際のお土産、家族からは何を頼まれたりしますか?
東京駅にはたくさんのお土産が売られてますが、うちの母のリクエストは決まっていつも「崎陽軒のシューマイ」。
レトルトでも生でもいいから買ってきてというのです。
理由を尋ねると、「だって、晩ごはんのおかずになるでしょ?」って(笑)
以前は、鳩のマークの総合スーパー(イトー〇〇◯ドー)が地元にもあって、そこで時々レトルトシューマイが売られていたので地元でも買えていたんですが、今はオンラインストアか、上京しないと買えません。
そんなわけで、Chageさんのライブで上京するたびに、買いに行かされてます(笑)
訂正。昭和59年だと、まだ未就学児でした(*ノω・*)テヘ
計算違いしちゃいました。
ああ…修正機能が欲しい(´・ω・`)ショボーン
当時、私は6歳。
今ぐらいの時期は、小学1年生で初めての夏休みを迎えてるか、過ごしてましたね。
今では考えられないぐらいのおてんばムスメだったので、宿題もそっちのけで、ひとつ下の妹と遊び回ってました。
あとで泣きをみて母に叱られたのは言うまでもない…(笑)
私は、浅漬け、酒粕に漬けた奈良漬け、たくあんなど漬け物が大好きですが、その中で1つ挙げるとするなら、青菜の一種、野沢菜を塩や醤油で漬けた野沢菜漬けが大好きです。
野沢菜漬けは、長野県内でよく見かけるかと思いますが、私が住む地域は、新潟県でも長野県に近いエリア。
なので、野沢菜漬けはとてもポピュラーなものです。
水気を絞って、食べやすい大きさに切り、茎の部分はそのままポリポリ食べ、葉の部分は海苔のようにお茶碗の上でごはんを巻いて食べます。
まるで、めしドロボウです…何杯でもいけちゃいます。
寒い季節は、細かく刻んで酒粕汁に入れちゃいます。
塩気が、ほんのり甘い酒粕汁を引き立てていて、とっても美味しいんです。
Chageさんも長野に行った際は、野沢菜漬け、探してみてくださいね。
私の馴染みのお店は、ラーメン屋さんです。
もう20年以上、通っています。
塩ラーメンが看板メニューのそのお店、テレビでも全国ランキング1位になるくらいの美味しさで、地元の人だけではなく県内外からもお客さんが来ていて。
開店前から長蛇の列。2時間待ちは当たり前で…。
店主さんや店員さんとも顔なじみなので、挨拶していると周りの人から「この人ナニモノ?」っていう顔で見られちゃいます(笑)
これからも通い続けたいです。
写真は、そのお店の甘海老担々麺です。
約26〜27年ぐらい前、当時のCHAGE&ASKAファンクラブ会報誌にあったペンフレンド募集。
そこで知り合った、同じ県内に住む、私よりも年上の女性と文通していました。
C&A20周年の時の武道館ライヴを一緒に見たのが、初対面(はつたいめん)の機会になりました。
その後、何回か私が車で訪ねて行って、おうちにお邪魔したりと楽しく過ごしました。
今は、お互いに年齢を重ねて、先方がお手紙を書くのは少し大変だというので、時々LINEを交わしたり、暑中見舞いや年賀状といった、時候の挨拶をはがきでする程度ですが、お付き合いは続いています。
プライバシー保護の観点からか、今ではすっかり見かけなくなってしまったペンフレンド募集。
Chageさん、ステキな出会いをありがとうございました。
私の住む地域にもたくさんあるドラッグストア。
店内に100円ショップコーナーが併設され、薬などと同じレジで会計できるお店や、ちょっとした小物やクッションなど雑貨もあるお店、野菜やお肉など生鮮食品も充実しているお店など多種多様です。
その時々の目的に合わせて、行くお店を選べるので、重宝していますよ〜。
それは光GENJIです。
小学生の頃、ひとつ上の従姉が諸星くんにどハマりし、私も一緒にデビューアルバムを聞いて歌ううちに同じく諸星くんにハマって行きました。
ローラースケート(鉄骨製で靴をはめ込んで固定するタイプ)を、近所のホームセンターで買ってもらい、家の前をガーガーと滑ってましたねぇ…。
私はChageさんの楽曲「CRIMSON」を思い浮かべます。
初めて聞いた時、子どもながらにとってもカッコよくて痺れました。
あれから30年以上経ちますが、今でも大好きです。
黄色というと思い浮かぶのが、新潟市の万代シテイバスセンターにある、立ち食いそば店の「万代そば」のカレーライス。通称バスセンターのカレーです。
昔ながらの黄色い、豚骨ベースのややコッテリめのルー。赤い福神漬が映えます。
ピリッとくる、あと引く辛さで堪りません。
Chageさん、リスナーの皆さまも新潟市にお越しの際はぜひ。
私がまだ中学〜高校生ぐらいの頃、チャゲアスが歌う曲に合わせてCMをしている軽自動車がありました。
将来、車の免許取ったら絶対にあの車に乗るんだっ。そう決めてました。
年上の従兄姉たちからは、「なんで?なんであの車にするの?…え?チャゲアスがCMしてるから?…意味わからん」って言われましたが(笑)
車の免許を取って、親に買ってもらうことになり、「何にする?」と聞かれても、絶対アレ!と譲らず。
もうその頃にはCMは流れなくなってたけど…。
頭金だけ出してもらう形で買いました。
10年ちょっと乗りましたよー。
私は、武道館は一度だけ行ったことがあります。
25年前のCHAGE and ASKA20周年プレミアムライブです。
あの日は昼夜2回公演、昼公演は自分ひとりでチケットを取り、夜公演は当時TUGofC&A会報の文通相手募集コーナーで知り合った、同じ県内在住の年上女性と一緒に見ることになっていました。
なんとその日が初対面。
ヒトミシラー(人見知り)な私は、終始緊張してしまって、夜公演のことはあまり頭に入ってこなかったのを覚えています。
それ以来、足が遠のいていますが、もし今後またChageさんが武道館でライブするとなれば駆けつけたいと思います。
小学3年の頃、父の仕事の都合で茨城県内に両親と私、妹の4人で住んでいました。
ある日、祖母から祖父が倒れたとの連絡が入り、母は看病を手伝う為に帰郷。
母が帰郷してすぐの晩ごはんを、普段まるっきり料理をしない父が作ってくれたのですが、野菜炒めが黒焦げで食べられるものではなく…それが強烈に印象に残っています。
ちなみに翌朝のおかずの卵焼きとウインナーも真っ黒でした。
その後、何年経ってもその話をしては父をイジってました。
数年前から認知症になり、おととし亡くなったので、もう話すことができません。
今となってはいい思い出です。
10年ほど前、北陸新幹線が開業し、地元にも新幹線駅ができて東京方面にも富山方面にも行きやすくなりました。
開業日は、嬉しくて見に行ったほど。
駅は、わたしのような人でごった返してました。
開業当時、駅前はなにもないって全国放送のテレビ番組で言われてたりしてたけど、今ではホテルや商業施設も立ち並びましたよん。
駅前に縄文時代の遺跡公園がある珍しい駅でもあります?
今のダンナとお付き合いし始めた頃、初デートで連れて行かれたお店は、地元で有名な味噌ラーメンのお店でした…。
私は初来店、彼は何度か行ったことがあったようで、ここウマいんだよな〜と言いながら、お店の
駐車場へ。
ファミレスとかもっとイイとこを想像してた私は、拍子抜けしましたが、食べてみてびっくり。
ほんとに美味しくて、大好きになりました。
いつか、Chageさんにも食べてみてもらいたいなぁ。
ホテルに泊まると、お部屋に折り鶴があったりしますが、あれを見るとつい、自分も折りたくなってしまって、備えつけのブロックメモ用紙とかレシートなんかで鶴を折ってホテルの方が折った鶴の隣に並べてしまいます。
連泊だと、お掃除されるけど、部屋に戻ると鶴だけ残ってたりして、ジャマだったかなーと、ちょっと申しわけない気もしつつ、やっぱりやめられそうにありません(*ノω・*)テヘ
長野公演と富山公演を楽しみにしている私。
でも…心から楽しみにできるか、ちょっぴり不安でした。
それは、1つ下の妹が2月に私と一緒に受けた乳がん検診で引っかかり、最初の診断でガン宣告を受けていたから。肝臓にも転移疑いがかけられていました。
専門的な病院で精密検査を繰り返し、肝臓の方はガンではないことが早々に分かったものの、左胸の腫瘍は何度も検査しても良性なのか悪性なのか分からず、最後は腫瘍を摘出して病理検査することに。
結果はガンではなかったようなのですが、経過観察となり、とりあえずひと安心。
心配事がひとつ消え、ライヴに集中できそうです。
Chageさんもリスナーの皆さまも、どうか各種がん検診は受けてくださいね。