「フードコートでさようなら」
書き出し:ラジオネーム 酒屋の息子の三代目
作:蓮見翔
ナレーター:三上枝織
お昼だから二人でフードコートに向かっている。
昨日は私がマックで、彼がケンタッキーだった。
その前は私が銀だこで、彼がポッポのたこ焼きだった。
私たちは考えていることは近いはずなのに、いつも少しだけずれている。
AEON側の入り口ではなくEDION側の入り口を
いつもの場所だと思っていた彼のせいで、
一度通った吹き抜けをもう一度歩いている。
頭上にフードコートがあるのは明らかにAEON側なのに、
彼はEDIONの前でニコニコしながら大きく手を振っていた。
AEON側のエスカレーターの前に到着すると、奥にイートインが見える。
やばいと思った時にはもう、彼は懐かしがっていた。
彼の青春は遊戯王と共にあって、イートインは当時のスタジアムだ。
漫画の付録のハネクリボーLV9が誰かに盗まれた話を聞き流しながら
エスカレーターで登っていく。
フードコートの前までつくと、彼はあいているのにまず席を確保した。
端もあいてるのに真ん中のソファ席のソファ側に私を座らせて、
向かいのカラフルな椅子に自分の荷物を置いた。
残念さの奥の奥の奥にあるこの小さな優しさが、
彼が蛙にならない最後の抵抗である。
彼がもし躊躇なくソファに座ったら、弱い魔法が完全に解けて、
思い出の中の彼は全て蛙になる。
間違いなく彼は早めの段階でソファに一旦座って、
お尻を踏み鳴らしながら奥まで進むに決まっているからだ。
見たら冷める所作などとうにすべて見終わっている。
そんなにお腹空いてないんだよなぁと言いながら彼はペッパーランチに並んだ。
私はそのまま通り過ぎて丸亀に並ぶ。
私がうどんを持って席に戻ると、
彼は振動する番号札を机の上で
一人で右手対左手のエアホッケーみたいにしてペッパーランチを待っていた。
私のうどんを見て、そっか今日一日だもんねと言ってくる。
意識せずたまたま安かっただけのものを、
狙って頼んだと勘違いされることの恥ずかしさを今更彼に説明する気にはなれない。
番号札が振動すると、側面にある振動が止まるボタンを押すこともせず
小さくよっしゃと言いながら勢いよく立ち上がって
腰を少しテーブルの角にぶつけながらペッパーランチを受け取りに行った。
少しすると彼は周りが紙の壁で覆われた、
進撃の巨人みたいな鉄板を持って戻ってきた。
鉄板を持っているにしては歩く速度が速い。
もういちいち危ないよとかは言わなくなった。
絶対にぶちまけないのが彼のいいところだから。
彼はダサさの先にある終焉のようなイベントをぎりぎりでくぐり抜けてくれるから好きだ。
今日はこの後ドライヤーが壊れてしまったから買い直したいらしい。
そんなにお腹が空いてないのなら、先に二人でEDIONを見ればよかったのに、
とは思ったけどそれもいちいち伝えない。
そんな話をしながら彼が紙の壁を油がはねていた方を外側にして畳んで机においた。
紙の油が机について嫌な光り方をしている。
私の箸が止まる。
どうしたの?と聞いてくる彼の顔が少しずつオレンジ色になっていく。
私こういう時の蛙緑じゃないんだ、とか思っているうちにどんどん彼が蛙になっていく。
人に迷惑をかけない範囲でダサいから好きなのに。
なんで油が跳ねた方を外側にしてペッパーランチの紙を畳むんだろう。
過去にも彼がペッパーランチを食べてるところは見たことあるはずだ。
その時はこんなことしていなかった、
なのに今していて、
彼は私にどうしたのと聞いたまま紙を畳直そうともしていない。
なんだ、こいつは50パーを勝ち続けてきただけだったんだ。
いろんな二分の一を勝ち抜き続けて、今日初めて負けたんだ。
あと何回か折れば月に到達していたであろう紙が燃えてしまった気がした。
やはり理論上の話なのだ。
「別れよう。」
口の周りを油でピカピカにさせている彼に私がそういうと、
彼は人目もはばからず泣き出した。
このダサさは許せるのに。
理由をしつこく聞いてくる彼にさすがに答えられないでいると、
彼は急いでペッパーランチを平らげて
お店にごちそうさまを言いながら鉄板を返却して何も言わず帰って行った。
あの人は今日、どうやって髪を乾かすんだろう。
想像の中の彼はまだ人間で、
タオルで一生懸命拭いている姿はかろうじて愛くるしかった。