あれ私青春してなくない?
私がそれに気づいたのは、卒業式の帰り道だった。
家に帰るまでに青春ってできるんだろうか。
三年間通い続けた通学路で、自転車のカゴの卒業証書が飛び出さないくらいの速さで走りながら考える。今学校に戻って何かをしても、それは無理やり作った青春で、私が高校生のうちに青春できるとしたらもうこの家までの帰り道だけなのかもしれない。
少し離れた信号で停まっていた西森がまた走り出すのが見えた。あいつに追いつけば、少しは青春できるのかもしれない。
西森はこの自転車に乗ったことがある。高校2年生の夏、ちょうどこの道で西森は手を真っ黒にしてしゃがみ込んでいた。
高島「大丈夫?」
西森「あぁ、えっと、高島さん」
高島「あぁうんそう。
チェーン外れちゃったの?」
西森「なんか、そうみたい」
高島「乗ってく?」
西森「え?」
名前を覚えてもらってなかった恥ずかしさで、その場を早く納めたくなってしまって大胆な提案をしてしまった。言い終わって、頼むから断ってくれと思っていたのに、西森は自転車を近くのコンビニに置きにいった。
西森「一日くらい大丈夫かな」
高島「まぁ、乗っていけないしね」
西森「あぁそっか、じゃあ大丈夫か」
高島「捕まってて」
西森「ありがとう」
私が漕いだ。こんな時代でも流石に男が漕げよと言っていいシチュエーションな気はしたけど、持ち主が漕いだほうがいいと思ったのだろうか、私は少し遠回りになる西森の家の前までわざわざ送り届けた。
西森「ごめんありがとう」
高島「全然、じゃあまた学校で」
西森「あぁうん、あ、あのさ」
高島「何?」
西森「・・・いやなんでもない、ありがとう」
あの時西森は何を言おうとしたんだろう。いきなり告白だったのかなとも思ったけど、家に帰って制服を脱いだら肩が真っ黒になってて、多分これ謝りたかったんだろうなと思った。せめてあれが告白だったら、少しくらい青春できてたのに。
西森は次の交差点を右に曲がる。今日は問題なく帰れてしまいそうだった。自分のチェーンが外れたりしないかとペダルを粗めに漕いだりしてみるけど、そんなことでは青春は訪れない。やけくそになって思いっきり自転車を漕いだら、西森に追いついた。
高島「卒業おめでとう」
西森「あぁ、ありがとう。おめでとう」
高島「ありがとう」
西森「あ、あのさ」
高島「ん?」
西森「制服汚してごめん」
高島「あぁ、いいよ今更。」
西森「ごめんあん時言えなくて」
高島「ちゃんと話したことなかったもんね」
西森「他の人に言われる前に
言わなきゃって思ってたんだけど」
高島「誰にも言われてないよ」
西森「そっか。ごめんほんと、
あの時言ってたらさ、
なんか、変わってたのかな」
高島「まぁ、なんも変わんないんじゃない」
西森「そっか、じゃあごめんここ右だから」
高島「知ってるよ」
西森「そっか。じゃあ、元気で」
高島「うん。あ、ねぇ」
西森「ん?」
高島「なんか私に言い残したことないの?」
西森「・・・・あ」
高島「何?」
西森「あのチャリ盗まれてたんだ。
あのあと新しいの買った」
高島「あぁ、そうだったんだ」
西森「そんくらいかな、え、なんかある?」
高島「いや大丈夫。じゃあね」
西森「うん」
青春はできなかった。なんかでも途中ちょっとだけ告白みたいだったからいいか。一応5年後くらいに再会した時に、仮に付き合ったりしたとしたら、今日のことはなんとか青春と言い張れるかもしれない。
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