「この猿を作ったのは誰ですか?」
図工の時間、お世辞にもうまいとは言えない粘土の作品を前に先生がみんなに問いかける。
誰も手をあげないのは作者が、あれを猿として作っていないからだろう。
あれは猫だ。
僕がそれを猫だと知っているのは、作者である彼の家に行ったことがある唯一の人間だからだ。
黒板から一番遠い右端の席に、僕と宮田は座っている。
4で割っていくと2余る人数のクラスにいるせいで、図工の時間は僕と宮田だけ教室の端で二人きりになる。
宮田はまだ手をあげない。あげるつもりがないのだろう。
窓の外を見つめているくせに、外に出たそうにもしていない宮田を、僕は見つめてしまっていた。
僕は宮田が僕以外と喋っているのを見たことがない。
席替えでどの位置に行っても隅っこにいるような顔をしている宮田を目で追うようになったのは、
近所の公園のバーベキュー場で偶然見かけてからだ。
母と父と兄と4人でバーベキューをしているところに、宮田は現れた。
おそらく宮田の両親の友達であろう大人15人ほどに囲まれている宮田は、
いつもの隅っこにいるような顔ではなく、バーベキューが似合うわんぱくな小学生そのものだった。
宮田の両親とその友達が着々と準備を進めているバーベキューセットは、僕の家のクオリティを遥に超えていた。
慣れた手つきでタープを張り、かまどみたいなバーベキューグリルをスタンバイしている大人を横目に、
宮田は大きな折りたたみの椅子に座って銀のコップでコーラを飲んでいた。
5色重ねてしまえるプラスチックのコップが恥ずかしくなった僕が露骨に無口になっているのに気づいた母が、
宮田の母の存在に気づいた。保護者会で一度会ったことがあるらしい。
宮田に自分の家のバーベキューの規模を見られるのがいやで母が声をかけに行こうとするのを止めたくなったが、
大人のくせに野外でのご飯にテンションが上がっている両者のせいで、僕らのバーベキューは合併することになった。
規模で言えば明らかに吸収だけど、誰もそれを口にしないのが、大人になると言うことなのだろうか。
宮田はすぐには僕と話そうとしなかった。
学校にいるときの自分と、家での自分、どっちでこの場に存在するべきかを迷っていたのだろう。
少し迷って宮田は、家での自分で僕に声をかけてくれた。想像していたよりも、高い声で喋るやつだった。
宮田の家が持ってきてた肉の、木みたいなプリントがされているプラスチック容器が、
僕の家が持ってきていた肉の真っ白なプラスチック容器に重ねられていく。宮田は何も気にしていないようだった。
父と母も楽しそうに貰ったビールを飲んでいる。僕と兄だけが、少し俯いてた。
テンションが上がった大人たちに流されるまま、僕は宮田の家に行くことになった。
兄はほんとかわからないが友達と会うと言って帰って行った。
宮田は自分の部屋に僕を案内してくれた。見たことない漫画やフィギュアが綺麗に並んだ大きな棚の前に立って、
一つ一つ丁寧に説明してくれた。
すごく楽しそうに教えてくれる宮田を見て、僕もこの本棚が後ろにあれば、
教室で誰とも喋らなくてもいいと思えるのだろうかとか考えていたら、足元に猫が擦り寄ってきた。
「あんまり初めての人に近寄らないのにな」
宮田が不思議そうに呟いた。誇らしくなってそっと撫でようとすると、猫は急に部屋を出て行ってしまった。
「やっぱりね。そのうち触らせてもらえるよ」
また会う約束をしたような言葉に、嬉しくなっている自分がいた。
上から見ると見覚えのある猿のような猫を抱き抱えて、宮田は教室に戻っていく。
僕は友達と話しながらなんとなく宮田の少し後ろを歩いていた。
隣のクラスの男の子が宮田に声をかける。そいつは宮田が抱えている猫を、僕の知らない名前で呼んでいた。
よくわかったねと答える宮田の顔は、あの日家で見たのと同じ顔だった。
僕が抱き抱えている牛みたいな馬が、こっちを見て嘲笑っているような気がした。