「31日目」を聴く
30日後に閉まるとしまえん。
こんにちは、つるの剛士です。
ついにこの日が来てしまいました。本日としまえんが94年の歴史に幕を閉じます。幼少期から大人になり、家庭を持つようになり、そして子ども達とも行ったとしまえん。色々な思い出があります。
当たり前のようにあるとしまえんだったので、閉園というメッセージがなければ当たり前のようにとしまえんはそこにいてくれたのかもしれません。
こういう時代の区切りの中で、94年という長い歴史ですけど幕を閉じる日がきてしまいました。
こうした中で改めて感じることって大きいですよね!?当たり前だったものが当たり前じゃなくなる瞬間って、みなさんそれぞれ考えると思うんです。
僕も無くなってしまうんだなということで、初めてとしまえんの魅力や偉大さといったものを感じさせていただきました。
振り返っていくと僕たちは94年の中のほんの1ページを謳歌させていただいたのかもしれませんけど、やっぱりそこには沢山の方が支えていて、としまえんのスタッフのみなさん、新しい取り組みをされてきた方々、そこに携わる広告関連の方々など色々な方面からのとしまえんの話を聞くことができて、改めてとしまえんの厚みみたいなものを感じさせていただきました。本当に素晴らしい遊園地だったんだなと今回感じました。
ひとつひとつのアトラクションに対する思い出も沢山あります。今回30日間に渡り振り返っていただけたんじゃないかなということを自負しております。
としまえんは無くなってしまいますが、みなさんの心のなかにはずっととしまえんの思い出は残り続けていくんではないかと思います。
長きに渡りまして、ご協力いただきましたスタッフの皆様、関係者の方々、本当にありがとうございました。
そして出演してくださったとしまえんを愛する皆さん、本当にありがとうございました。
というというわけで、ここからは色んな方々のメッセージが届いておりますので、お届けしたいと思います。
としまえん:内田さん
としまえんも本日を持って閉園になりますけど、我々社員は最後の最後まで涙を見せず遊園地らしく、笑顔でお別れしたいと思っています。
ここ1ヶ月一生懸命やってきた仕事というのが、としまえんの最後を華やかに笑顔で終われるような遊園地にしようということを一番に考えてきました。
2番目に考えてきたことは、乗り物を1つでも多く他の遊園地に移設をする仕事をしてきました。とにかく壊されるのは嫌だということで、同じグループの西武園ゆうえんちや横浜・八景島シーパラダイス、場合によっては海外の遊園地でもいいから買ってくれるなら次の人生を歩んでもらいたいということで調整した結果、全体の4分の3くらいは次にどこかで動く予定にはなっています。ただ残念なことにフライングパイレーツやサイクロン、フリュームライドなど年数が立っていて大型のものはさすがに行き場所がないですし、解体して再生というのは少し耐えられない機会が多いので、残念ながらここで終了になってしまいます。
としまえん:渡辺孝一さん
私が一番報道で嫌なのは、としまえんが景気が悪くなったから辞めるというものです。全然そんなことないんですよ。元々決まっていたのものが、東日本大震災の時の石原都知事から始まり、その期限が2020年だったというだけの話であってそれが本格化しただけのことなんです。ハリーポッターの話は後から出てきましたが‥としまえん自体は、入園者は伸びているんですから。
続けられたら続けたいというのは社員としてあるんです。これだけ、30,40年と勤めているとやっぱり愛着ってでますから。としまえんがないという世界というのが考えられないです。
【8日目】どうして今としまえんが閉まっちゃうの?~社員の方から伝えたいメッセージ~
園内のお客さま
もう泣きそうになりましたね、大好きな遊園地なので。もう昔からあるアトラクションと日本・としまえんにしかないアトラクションとかが多いので。
園内のお客さま
戦後すぐの日本が大変貧しかった昭和23年ですかね、小学校3年になったくらいの頃から近くの遊園地であったとしまえんに通ったものです。朝からおにぎりを作ってもらい、赤フンを持って仲間たちと出かけました。当時まだ大変貧しくて海水パンツなんて持っている子ども達はほとんどいませんでした。もちろんウォーターシュートにもよく乗ったんですけど、赤い鬼と青い鬼が金棒を片手に持っているコーナーがありまして、ボールをあてるような遊び場があったんです。うまく当たると「ガオー」って大きな声を上げて鉄棒を上に持ち上げる動作が、見た目も面白く我々はそれで遊びました。
元としまえんの社員さん
もともと社員でエルドラドに野村沙知代さんが水着で乗れるよというCMを撮るというので、収録の時に運転をしていたのが私です。ドラマか何かの撮影で常盤貴子さんが木村拓哉さんと一緒に来ました。すごい顔が小さいなと思ったのが印象的です。
としまえんは私の青春だったので、10代最後を楽しく過ごせた会社であったので、本当にありがとうございましたという気持ちです。できれば閉園は取り消してほしいです。
園内のお客さま
今はなきアフリカ館が好きでしたね。動く乗り物に乗って、見ているものも動いていて今までにない乗り物でした。ヒョウが飛び出してきたり、乗り物がガタガタしたりなど。最後の「サヨナラ!」っていうのが印象深くて「サヨナラ!」を見に行こうみたいな感じで、すごい楽しかったです。
園内のお客さま
小さい時から楽しませてもらっているし、成人式としても練馬区として貢献していてもらっていて、本当に練馬区に存在してくれていて嬉しかったなという思いでいっぱいです。やっぱり、閉園はすごい寂しいし悲しいですけど、忘れないでいたいと思います。本当にみなさんありがとうございました!
映画『としまえん』プロデューサー・東映ビデオ(株)菅谷英智さん
映画『としまえん』プロデューサー菅谷英智です。僕は、としまえんの優しさあふれるところが本当に大好きでした。
8月31日で閉園しますけど、本当に僕の心の中では一生生き続ける思い出ですので本当にありがとうございました。お疲れ様でした。
【20日目】明日からリバイバル上映!「映画 としまえん」を徹底紹介 ~プロデューサー菅谷さんも木馬の会会員~
辻希美さん
辻希美です。私の中での遊園地っていうものは、としまえんというものだったので、33年間お世話になっていて夏のプールだったり遊園地だったり、冬には釣り堀という楽しみがあったり、本当に小さい時から大人になるまで家族ぐるみでお世話になって色々な経験をさせていただきました。沢山の方々に思い出だったり、楽しみを与えてくれて本当にありがとうございました。
【15日目】辻ちゃんととしまえん ~3日1回くらい行ってた、としまえんプール~
【16日目】辻ちゃん、としまえんへの33年越しの愛~貴重な経験と思い出をありがとう~
超ときめき♡宣伝部 菅田愛貴さん
本当に小さい頃からとしまえんさんには沢山楽しませていただきました。その中でも特にメリーゴーランドとゴーカートが大好きでした。もう本当にありがとうございました。
ミュージカル『まわれエルドラド』初演出演 珠木美甫さん
1982年『まわれエルドラド』という回転木馬エルドラドの前にステージを作って、実際にエルドラドを回しながらミュージカルをやっていました 。初演に出演していました珠木美甫と申します。真夏の夏休みに45日くらいやっていたので、すごい汗をかいて、つけまつ毛がとれてしまうので、最初からつけまつ毛はつけないということでやっていたんですけど、そういう経験も中々なくて、そして最前列には毎日通ってくれる子ども達が一生懸命真剣な眼差しで見てくれているんですよ。その子どもたちの顔が忘れられないです。
【27日目】エルドラドトリビア☆マリリンモンローも乗った?メリーゴーランドで結婚式やミュージカル?!など数々の質問にお答え!
ジャズボーカリスト 小林桂さん
ジャズボーカリストの小林桂です。夏休みといえば、子どもの頃からとしまえんでした。そして、としまえんで3歳の時に偶然見た『まわれエルドラド』というカルーセルエルドラドを舞台にしたミュージカル。この作品に出会ったことにより僕は、人前でパフォーマンスをする人になりたいという夢を持ちまして、それを実現しました。としまえんに出会わなければ、そしてカルーセルエルドラドに出会わなければ、今の僕はなかったと言っても過言ではありません。
【27日目】エルドラドトリビア☆マリリンモンローも乗った?メリーゴーランドで結婚式やミュージカル?!など数々の質問にお答え!
つるのさん:みなさまのメッセージありがとうございました。としまえんの思い出、これからも長きに渡り思い出していきましょう。としまえん94年間、本当にありがとうございました。
〜としまえんからの最後のメッセージ〜
これまでとしまえんにいらしてくださいました、全てのお客様に対して、
としまえんより最後のメッセージをお届けします。
あなたの歴史がとしまえんの歴史と重なり、
鮮明な映像が思い浮かんだでしょうか?
としまえんは、歴史、伝統を大切に
常にとしまえんらしさを感じていただき、
お客様が笑顔でお帰りになられることを考え続けてきました。
としまえんは、2020年8月31日をもって閉園いたしますが、
としまえんでの思い出・記憶を永遠に
みなさまの脳裏に焼き付けていただき
みなさまのお子様、そしてお孫さんに
語り継いでいただくことを願ってやみません。
94年間としまえんを愛していただき
本当にありがとうございました。